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2012年3月 6日 (火)

なぜブラック企業は生まれるのか やむなしブラック企業を救え!

 これまで散々ブラック企業撲滅を訴えてきたQ崎が、ここにきて「ブラック企業を救え」と言い出しました。これはいったい何事なんだ、と思った方もいるかもしれません。今回この記事を書くに至ったのは、ある一冊の本との出会いがあったからです。それがこちら。

城繁幸『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか アウトサイダーの時代

何気なく手にした本ですが、本当に大きな衝撃を受けました。まず私が惹かれたのはそのタイトルです。私はこのタイトルを読んだとき「3割の新入社員が入社3年以内に職場を去ると言われて久しい。ブラックな待遇の職場に適応できず(もちろん退職理由の全てがそれではない)辞めざるをえなかった人達がどのような人生をその後送っているのか気になる」という動機で手に取りました。しかし、読んでみると内容は全く違うものでした。そこで取り上げられていたのは、もはや維持が困難になった社会のレールに見切りをつけ、アウトサイダーとしての道を突き進む新時代の「成功者」たちの姿でした。この一冊は変化の激しいこれからの時代を生き抜く個人の生き方や、企業や社会のあるべき姿を提案する示唆に富んだ本であり、一読を強くお勧めします。今回の記事では、「年功序列賃金制とサービス残業を前提とした日本的経営による企業の発展が限界を迎えている」「その副産物としてブラック企業の蔓延が生じる」という側面から、この本を解説していきたいと思います。

 ブラック企業のことを話題にすると「たしかに問題だよね。でも、労働基準法を守っていたら経営が成り立たなくなる企業もいっぱいあるんじゃないかな。」という意見をよく耳にすることになります。このことは、私がブラック企業撲滅を訴える上で常に心に引っかかっていた問題で、本当のところ「完全に全ての企業が労働法規を守るようにするためには、多くの企業(主に中小企業)が淘汰の憂き目に遭うだろうし、もしそうなれば社会全体が大きく変わる大事件だ。そこまで大それたことを自分は目指しているのか?」という想いに駆られることもありました。その想いは未だに引っかかっているのですが、その中である発見がありました。それは、ブラック企業にもタイプがあるということです。デモを行った際に私がイメージしていたのは、労働者からの搾取により不当に報酬を得て私腹を肥やす経営者の存在する企業です。まさに真性ブラック企業といえるでしょう。わかりやすい悪ですね。その一方、リーマンショックにデフレ、おまけに円高に震災と企業がピンチになる要素がこれでもかと押し寄せる昨今、本当に経営が苦しくてブラック的な経営をしなければ企業が維持できないというケースも少なからず存在するはずです。経営者の横暴ではなく経営不振のためにブラック経営を行わなければならない、そのような企業をここでは「やむなしブラック企業」と呼ぶことにしましょう。さて、『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか』では、この「やむなしブラック企業」が現在の日本社会に少なからず存在するというレベルではなく、日本企業の多数派であると書かれています。

 かつて高度成長期には、少人数の社員(もちろん男性中心だ)をフル回転で働かせることが、もっとも効率的な経営とされていた。大量生産の時代だから、頭より体で覚えるほうが重要で、そうやって熟練した労働者をこき使ったほうが効率的だったのだ。日本の専売特許である「残業文化」「有休返上」といったカルチャーは、ここに根っこがある。
ただし、経済が成熟すると、主導権は消費者の側に移る。大量生産ではなく、消費者の多様なニーズを汲み取ることが重要となったのだ。つまり、今度は体ではなく、頭で勝負する時代だと言える。男社会を基本とする年功序列は、既にその存在意義を半ば失っているのだ。

著者は、旧体制の企業ならさらに採用数を絞り、残業時間を増やし、出産や育児で休職されたら会社が回らなくなるためスタッフは全員男性で固める、と続けます。そして、スタッフ全員がこんな方針に従うはずもなく辞めていくため、高額の求人広告をあちこちに打ちつつ、残った社員の更なる努力を求めることとなる。その結果、会社は汗臭い残業バカしか残らなくなり、手厚いサービスも細やかな気配りも望むべくもない。そして著者はこう締めくくります。「文字にすると実に馬鹿げた会社だが、これはまさに現代の日本社会の縮図なのだ。」
つまり、消費の動向が変わり、大量生産では生き残れなくなったにも関わらず経営方針を抜本的に変えることをせず、経営が苦しくなった結果ブラック化することでなんとか業績を維持する会社が生まれ、いまやそのような企業が多数を占めるというわけです。

日本の企業が古来の日本的経営にしがみつき続けることの弊害は、企業のブラック化に止まりません。その他にも「優秀な人材の流出」という問題が生じます。日本企業が他国の企業との比較においてどのような印象を持たれているか、引用してみましょう。

 李さん(フィールドワークのため来日していた中国人研究者)が何より驚いたのは、日本人労働者の忠誠心の高さだ。個人の権利を主張することもなく、黙々と会社のために深夜まで働く。「プロジェクトが成功したら来季の年俸は二倍」だの、「上場すればストックオプションで資産十億円」だのといった見返りは何も無いにもかかわらずだ。基本的に日本以外の国に、滅私奉公という感覚は存在しない。
「例えば異動や配置について、会社が一方的に決定したものを本人に通知する。一流大学を出た幹部候補までそれに従う姿は、ちょっと他の国ではみられないものです。」
(中略)
「長時間残業、低い年休取得率。特に男性は、みなさんまるで職場に縛り付けられるようにして生きている」
 

 日本人の愛社精神は、単に他の選択肢が無いことの裏返しでしかない。これこそ、彼女の感じた閉塞感の正体だろう。
「日本、中国、イギリス、アメリカ。また、世界中からやってくる留学生たちを見ても、日本が豊かな国だとはとても思えない。少なくとも個人が精神的に満ち足りた国ではないでしょう」

 都内の大学三年生主体の勉強会に参加した時の話だ。どういう分野に興味を持っているのか知るために、僕は最初にある質問をぶつけてみた。
「ところで、君たちの就職の第一希望はどこですか?」
ふんふん、どれどれ、ソニーかトヨタか、それとも商社か電通か。あるいはランキング常連のJALかJTBか。
しかし、彼らの口からは、それら大企業の名は一社たりとも出てはこなかった。なんと三〇人中二九人が、外資系企業の名を上げたのだ(ちなみに、残り一人はテレビ局)。一人ずつ志望先を聞いていくうち、だんだんと顔がこわばっていったのを覚えている。
大学名や就職活動に対する真摯さから見るに、彼らは九〇年代であれば、恐らく日系金融機関や官僚といった道に進んでいた層だろう。少なくともそんな彼らは「日本企業が割に合わない」という事実に、とっくに気づいているのだ。要するに「やる気があって前向きで、アンテナの高い学生たち」から、日本企業の側が見捨てられているわけだ。

現在、先進国間で、国境の壁を超えた人材の争奪戦が起きている。留学枠やビザを整備し、新興国から優秀な人材を呼び込むことが、グローバル化の中で生き残るために重要な戦略だからだ。ところが、少なくともホワイトカラー希望者で日本行きを第一希望とする人間は皆無に近い。東アジア出身学生も、第一志望はまず英米圏の大学だ。
語学の壁を指摘する向きもあるが、それはいいわけだろう。中国人学生に対する意見調査において、外資系企業がTop50の過半数を超える中、日本企業はかろうじてソニーが三八位に食い込むのみだ(二〇〇六『新浪財経』調査)。この傾向は中国だけでなく、東南アジア、ヨーロッパなどで同様の調査をとってみても、日本企業はTop10どころか、下手をすれば地場企業にすら負けている。理由の多くは「日本企業は待遇が低く、その後のキャリアも見えづらい」という点に集約される。日本の若者も、同じ事実に気付いたということだろう。「若者がバカになった」のではなく、「日本企業のメッキが剥がれた」という方が正しい。

だいぶ長くなりましたが、日本企業が海外の企業に比べいかに人気がないかがおわかりいただけたのではないかと思います。日本企業のダメなところをまとめると、以下のような点が挙げられます。
・勤務時間が長く、プライベートな時間を持ちにくい。
・異動や配置について企業が絶対的な権限を持っている。
・その割に給料が低い。
・どのようなキャリアが身につくのか見えづらい。

以前「新しい豊かさの指標」という記事にも書きましたが、豊かさは所得や資産のみによって決まるのではなく、自由に使える時間も重要な意味を持っています。個人の自由な時間を著しく拘束する日本企業での勤務は、世界的に見ればかなり非合理的なものだと言えるでしょう。他国の通貨に対し円の持つ価値は高く、これまでは日本への出稼ぎ労働者も多く存在してきました。しかし、現在はそのアドバンテージを持ってしても日本企業が「地場企業にすら負ける」という現状があります。「いくら稼げても日本企業で働くのは嫌だ」という人が増えているのです。そして、優秀な人ほど日本企業を避けるという現象は、多くの日本人労働者も「生きるために仕方なく」日本的経営に従っているのだという実情をあぶり出します。きっと「愛社精神」「企業戦士」という言葉は、そういった現実を肯定せざるを得ない人達の心を慰めるための後付けなのでしょう。あまり深く考えなくても、「休みが多い方が幸せだ」「仕事に自由な時間を奪われるのは不幸だ」という意見には多くの人が賛成してくれると思われます(もちろん仕事に特別な想いを抱いている場合や、職業の専門性によっては一概には言えません)。「ブラック企業」という言葉の普及もあり、そういった価値観がこの日本でも広まりつつあるようです。

 日本の労働者は一致団結して企業に尽くし、企業はその見返りとして安定した雇用と昇給を提供してきました。高度経済成長期には、そういった経営方針はたしかに理にかなっていたのでしょう。新しいモノを作れば飛ぶように売れ、生活はどんどん便利になっていった時代です。しかし、日本社会も大量生産の時代から、多品種少量生産の時代に移り変わりました。たくさん働けばその分だけ企業に利益を生み出す時代は終わりを告げようとしています。となると、終身雇用や年功序列賃金制といった日本独自の経営スタイルは、これ以上維持が難しくなってきます。それは、これらの制度が経済成長と人口増加を前提としたものだからです。これは年金制度の維持が困難になっている状況と似ています。『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか』の著者は、それらの制度を改め、欧米のような職能給に切り替えるべきだと提案しています。日本企業に勤めている社員の待遇は、終身雇用や年功序列賃金制のおかげで「滅多なことでは解雇されない(これも最近では危うくなっているが)」「一度上がった給料は基本的に下がらない」というものになっています。社員が企業に対してもたらす実質的な利益と社員が受け取る見返りが一致しないのは言うまでもありません。その結果、社員の年齢構成によって人件費のコストが大きく影響を受けるという事態が生じます。また前述したとおり、リーマンショックにデフレ、円高に震災など、企業の経営を圧迫する出来事が立て続けに生じました。すると、企業は人件費の負担を増やさないために、まだ賃金が安く済んでいる若手社員の給料をできるだけ上げないという手段を取りました。それを非正規雇用者の割合の増加という形で実現させたのです。その結果、世代間格差、正規非正規間格差が拡大し、ワーキングプアや貧困の問題が生じたのです。図録正規雇用者と非正規雇用者の推移によると、2011年には非正規雇用労働者の割合は35.4%と過去最高を記録したそうです。年齢、性別による分類はこちらをご覧ください。格差は経営者と労働者の間のみに存在するのではなく、同じ立場の労働者の間にも生じているのです。

 また、『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか』のコラムの一つに「格差のなくし方」というタイトルのものがありました。今の私にとっては思わず飛びついてしまうようなタイトルですね。このコラムには、日本的経営システムを見直し、職能給を取り入れることが日本社会にどのようなメリットがあるのかをまとめています。とても重要な内容なので丸ごと引用したいほどですが、書くのも読むのも大変になってしまうので要点だけお伝えすることにします。職能給を取り入れることによるメリットをまとめると以下のようになります。

・立場の違いによる待遇の差が縮まり、同一労働同一賃金に近づく
・年齢給で高コストになる中高年がリストラの対象でなくなる
・勤続年数に穴が空き、結果として高コストになる可能性のある女性の待遇が改善される
・雇用流動化により適正な労働市場が形成され、企業間格差が縮小される。

一言でまとめてしまうと「もらいすぎてるやつから、足りてないやつに利益を回そうぜ」という主張です。それは私のこれまでの主張と変わりありませんが、「もらいすぎてるやつ」が誰を指すのかが全く違います。この本の著者は、非正規労働者からの搾取により潤っている「正社員」がそれにあたるとしています。私は「反貧困世直し大集会2011 公務員も民間の社員も連帯せよ!」という記事で「立場の違う労働者が互いの賃下げを要求するのはいけない」と主張しましたが、経済成長の停滞により得られる富の総量が限られている以上、もらいすぎている層の取り分を引き下げるよう要求するのは必然のことと考えなければなりません。その前提として、誰がもらいすぎている層なのかを適切に見極めなくてはなりません。そして、その見極めに経営者や労働者という肩書は関係ありません。いわゆる「公務員叩き」は労働者の足の引っ張り合いという点だけでなく、その点を曇らせてしまうという点においても問題があると言えます。

 さて、この『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか』で私がもっとも衝撃を受けたのは「労働組合が格差の拡大に関与している」という主張でした。私はブラック企業に対抗するため「労働組合頑張れ!」というスタンスで労働問題を考えてきましたから、この主張を最初に目にしたときは、さすがにギョッとしました。では、その主張の内容を実際に見てみましょう。
高度経済成長期の時代には「経営者VS労働者」というわかりやすい対抗軸がありました。それは、成長の時代だから賃下げや解雇は経営者のエゴであり、労働者を極力保護すべきだという考えが貫かれていました、しかしバブル崩壊後、日本は不況期に突入します。すると、企業にとって労働者の保護は大きな重荷になります。そういった状況で取るべき選択肢は二つありました。一つは労働者の保護を緩め、賃下げや解雇を行うこと。もう一つは、安く使い倒せる新たな労働者階層を作りだすことです。そして、日本は後者をとりました。そうして生まれた非正規労働者を酷使することで得た利益は、正社員の厚い待遇に回ります。すると、そこに搾取の構造が生じるというわけです。労働組合が格差の拡大に関与しているというのは、彼らが正社員の権利だけを保護するような主張を行うことがあるという事情も絡んでいるのでしょう。私が反貧困ネットワーク主催の集会に参加したとき(「反貧困世直し大集会2011 公務員も民間の社員も連帯せよ!」参照)、官製ワーキングプアに関する分散会にて、ある公務員労組は非正規職員の待遇に言及しないことを条件に交渉を有利に進めている情報を耳にしました。なるほど、そうすると労働組合が正規非正規間格差の拡大を促進している構造がくっきり浮かび上がります。今後非正規労働者の割合がさらに高まることが予想される背景を考えると、正規雇用というだけである意味特権階級のようになってしまうかもしれません。そう考えると、労働組合がこれまでと同じように正社員の保護を求めるのであれば、それは格差の拡大につながっていると言わざるを得ないでしょう。もちろん全ての労組が正社員の権利だけを保護するように求めているわけではありません。それでも、ある労組が本当に貧困や格差の解消に向けて活動を行っているか否かを見極める必要性は高まっていくでしょう。

 非常に長くなりましたが、そろそろまとめに入ります。では、そういった背景を考慮して、いかにして「やむなしブラック企業」を救うかを考えていきましょう。企業が日本的経営を今後も維持するなら、企業のブラック化はますます進行していくと予想されます。しかし、それがわかっていても具体的にどのように経営を見直し改善していけばいいのかがわからない経営者も少なからず存在するでしょう。では、どうすればいいのか。一つには、成功例に学ぶという手段があるでしょう。私が応援したい企業の一つに、化粧品メーカーの資生堂があります。この企業は経済情勢の変化をいち早く察知し、その経営方針を改善しました。化粧品メーカーであるため商品開発には女性の視点が不可欠であり、「女性は子どもを産んだら退社」などという古臭いことをやっていては、企業への損失があまりにも大きいのです。そこで、女性社員が育児をしながら仕事ができるようなシステムを作り、優秀な女性社員に変わらず働き続けてもらうことが可能になったのです。また、資生堂の素晴らしいところは、女性の待遇に限らず、労働慣行をCSRの一環として重視していることです。詳しくは資生堂のCSRのページを見てみてください。私は思わずその先進性にうなってしまいました。もう一つの方法は、社員の権利を大切にする経営スタイルを提案してくれる経営コンサルを活用することです。みなさんは「ワーク・ライフバランス」という名の企業をご存じでしょうか。企業の名称が「ワーク・ライフバランス」です。この企業は、他の企業が仕事での成果を上げるために働き方の柔軟性を追求する経営方針を提案するコンサルティングを事業として行っています。これは素晴らしいことですね。このような企業の存在は、「社員のライフワークバランスを実現しつつ業績を上げたい」という需要が少なからず存在することを意味します。そして、ここにはそのメソッドがあるのです。「このままではいけないのはわかっている。でもどうすればいいかわからない。」というやむなしブラック企業の経営者も多く存在することでしょう。その姿は「このままではダメになる。でも辞めてしまったらどうなるかわからない。」と感じて身動きが取れずにいる労働者と重なります。終身雇用や年功序列賃金制を維持するのが困難になってきていても、経営方針をどう転換したらいいかわからない。そんな企業のために、このような経営コンサルティングを行う企業は存在するのです。まさに現代日本における希望ともいえる存在ですね。私は一人の労働者として、この企業を応援し、行く末を見守りたいと思います。今後、人々の「日本企業離れ」はますます加速していくことが予想されます。そして、企業は「生き残り戦略」として社員のライフワークバランスの実現に力を注ぐようになるでしょう。この時代の流れをいち早く察知し、早々に方向転換を行った企業が、この日本社会をリードする存在となっていくと考えると、この国の将来も捨てたものではないと思えます。もちろん、私たちがそういう社会の実現を希求し、行動すればの話ですが。

 この記事を読んで、『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか』を手に取ってくれる読者が一人でもいれば本当に幸いです。著者が日本企業の経営スタイルを大々的に改める前提として「セーフティネットを正常に機能させること」「当事者である若者が自ら意見を発すること」を上げていることにも、深く共感します。私は「世界的な流れなのだから、日本も新自由主義に従うのもやむなし」という主張以外、この書籍の主張には全面的に同意します。もはや労働に限らず、既存のレールに従って生きる時代は終わろうとしているのです。この本に登場するアウトサイダーたちの生き方は、この不透明な時代を生き抜くためのヒントを与えてくれるでしょう。そして、私の周りに存在する魅力的なアウトサイダーたち―両親が医者でありながらそのレールに乗らず、農学生命科学とマイクロファイナンスを学び、とある日本企業の経営の根幹に関わる部署で働く大学時代の友人。一度は厚生省の官僚の職に就くも、そこでは志は果たせないとドロップアウトし、大学で社会学を教える非常勤講師として働く大学時代の恩師。一度はダンスカンパニーに所属するも、ヨーロッパ放浪の旅を経て独自の劇団を主催するダンサー(研修で知り合った)。反原発デモに参加したことをきっかけに、自らも社会運動に携わるようになり、起業により社会運動にコミットする道を選んだ、ゆとり首脳会談司会の彼―のように、あなたの周りにも、新しい時代の生き方にヒントをくれる人はきっといるはずです。アンテナを高くして、より良い生のあり方を探っていきたいものです。

 来る3月14日はホワイトデー。お返しには資生堂の化粧品を送ろうと思います。Q崎さんは何人の女性にお返しをするのか、そんなことはもちろん内緒です。

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