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2012年10月28日 (日)

「雇用崩壊とジェンダー」に学ぶ賃金差別の実態

  10月13日、日本学術会議のシンポジウム「雇用崩壊とジェンダー」を観覧してきました。ジェンダーと銘打ったものであったし、登壇者は全て女性ということもあって、労働における女性の権利拡大を訴える内容のシンポジウムであると予想していました。しかし、その予想は見事に裏切られました。差別を受けているある1つの集団についてその情況を明らかにすることは、多くの人の抱える問題を解決するヒントを得ることになるという好例をここにも発見することができました。

  特に素晴らしかったのが、和光大学教授の竹信三恵子先生の「男女賃金格差について」という報告です。この報告はまず、なぜ「差別」と呼ぶべき不当な差異を「格差」としか表現できないのかという問題からスタートします。有斐閣発行の『現代社会福祉事典』では、「差別」とは「人々が他者に対してある社会的カテゴリーをあてはめることで、他者の具体的生それ自体を理解する回路を遮断し、他者を忌避・排除する具体的な行為の総体」であると定義されています。そして、厚生労働省の2011年の調査によって、有期契約労働者の賃金に以下のような特徴があることが明らかになりました。

・有期契約労働者の74%が年収200万円以下
・正社員と同じ職務内容の有期契約労働者のうち、60%が年収200万円以下
・正社員より高度な技術の職務の有期契約労働者のうち、44%が年収200万円以下

このデータが意味するのは、給与は職務の内容により決定されるのではなく、雇用形態などの肩書によって決定されるという現実が存在するということです。つまり、有期雇用だからという一面的な理由において、職務内容とは関係なく低賃金で働かされている人が少なからず存在するわけです。先程の「差別」定義と照らし合わせれば、これは明らかに差別です。有期雇用であるという一面において、賃金に差異を設けているのですから。このような差別が存在しているにも関わらず、メディアが「格差」という表現を用いることの要因が、竹信先生は以下の2点にあると述べました。

・日本社会において、そもそも差別とは何であるかという議論が十分に行われていない
・「差別」というと明らかに善悪の価値判断が必要になってしまうが、「格差」という表現なら「差がある」という事実を中立的に表すことができる

竹信先生の言うとおりだと思います。自身のどういう言動が差別に当たるのかよくわからないために、多くの人は加害者になることを恐れ「触らぬ神に祟りなし」という態度を取り、いわゆる弱者とされている人たちから距離を置き、相互理解が生まれる機会が失われるのでしょう
 さて、ジェンダーと賃金差別の関連ですが、近年話題になっている経済格差の問題ですが、それは家計を支えるはずの男性の間に大きな経済格差が生まれたことで問題視されるようになりました。しかし、男女間の経済格差はもっと前から存在していたという指摘もよく耳にします。なぜ男女間に経済格差が存在していたかといえば、それは女性は男性に扶養されることを当然とした社会システムが存在していたからです。竹信先生が例として提示したのは自民党の社会福祉部が1979年に提唱した日本型福祉社会構想です。大雑把に説明すると、男性は会社で長時間労働をして家族を養い、女性は家庭で無償労働(家事、育児、介護など)をすることで、社会保障にかかる費用を節約しようという構想です。日本型福祉社会構想については、こちらのブログに詳しく書かれていますので、関心のある方はどうぞ。ここでは、女性は男性に扶養され、且つ無償で働く存在とされているため、企業からは「お小遣い賃金でも困らない人々」とみなされてしまうわけです。竹信先生はPOSSEvol.16に『「主婦労働」の影が福祉を損なう――「無償」「献身性」が抑え込む良質のケア』という論文を寄稿し、ケア労働従事者の待遇の低さを「女性労働」という観点から説明しています。詳しくはPOSSEvol.16のウェブサイトを参照してください。
 少し話は逸れますが、育児や介護といった福祉サービスを家族内で私事的に行う社会というのは、社会が負担すべき社会保障を低く抑えた低福祉社会と言えます。こういった社会構造を「家族が福祉を担う暖かい社会だ」と肯定的に評価する風潮もありますが、裏を返せば「社会全体で考えるべき福祉を家族の問題として矮小化する(家族以外の人のことは関知しない)冷たい社会」とも言えるわけです。「福祉は家族が担うものだ」という言説は普遍的なものではありません。福祉が「支援する余裕のある者が、支援を要する者を支援する」という単純な原則に基づくのなら、血縁者が福祉を担うべきという言説は全く根拠を持ちません。ここ最近話題になった生活保護と扶養義務に関する議論ですが、そもそもそれぞれの制度がどういう根拠により必要とされているのかを考え、やはりきっぱり分けて扱うべきでしょう。また、以前「労働政策フォーラムに行ってきました。―新しい生き方・働き方とは?―」という記事で、本田由紀先生の「戦後日本型循環モデル」を紹介しました。このような循環構造は日本型福祉社会構想をもとに作られたものであると思われます。これは、それぞれの役割が明確に分かれ、非常に機能合理的で効率の良い社会システムでした。しかし、機能合理性や効率の良さが人間の幸福と正の相関があるわけではないということを、現在の日本社会が抱える様々な問題を教訓に、私たちは学ばなければなりません
 話を賃金差別に戻しましょう。岩手大学準教授の藤原千沙先生は1985年を「女性の貧困元年」と呼んでいます。これは、1985年に男女雇用機会均等法、第3号被保険者制度、労働者派遣法がこの年に生まれ、その結果、男性並みに働ける女性と非正規雇用の女性とを二分し、女性の低賃金構造が固定化したという流れを指しています。男性並みに働く女性の誕生を女性の社会進出と評価できる側面もありますが、その多くは過労で体を壊したり育児などを機にそのコースから脱落していったといいます。こうして生まれた「女性」という低賃金で働く層は、日経連の「新時代の日本的経営」によって範囲を拡大していきました。製造業派遣の解禁などの規制緩和を経て、1995年から2006年までの10年間で正社員は400万人減、非正社員が500万人増となりました。こうして、男性の間にも賃金差別が生じ、社会問題として注目されるようになったのです。「女性の貧困元年」から現在の格差社会が形成されていくまでの社会情勢の流れを非常にわかりやすくまとめた竹信先生のレポートがありますので、詳しくはこちらをご覧ください。これは格差問題に関心のある方は必読です。

雇用溶解と社会的解決 ~ワークシェアリング、ワークライフバランスをめぐって~

 竹信先生のすごいところは、問題を可視化することに止まらず、解決のための具体的なプランを提示しているところです。賃金差別を是正するために取り組むべき項目を挙げていました。

①同一労働同一賃金、同一価値労働同一賃金を担保する法律の整備
②「同一とは何か」を働き手からも主張していける客観的な基準の整備
③賃金に疑問があったとき、国際基準の評価方法で審査を求められる場の設置
④正規、非正規、男女を含め、職場で働く人たちの賃金分布グラフをつくって、偏りがどこにあるか、その原因は合理的か、を労使で話し合う
⑤不合理な格差だった場合は、景気の好転で賃上げが交渉しやすい環境を見計らって、格差の縮小に主眼をおいた賃金交渉を行う
⑥差別は上にいる働き手を守るものではなく、上にいる働き手がいつでも突き落とされる穴となるのだという事実を共有する

同一労働同一賃金については、その必要性の理解を求める主張がいたるところで聞かれるようになりましたが、「同一とは何か」という問題が細かく議論されている様子はありません。今回のシンポジウムでは、イギリスで実施されている「平等賃金レビュー」という制度が紹介されていました。詳しくは早稲田大学教授浅倉むつ子先生のレポートをご覧ください。上記の取り組みの④にあたる制度を具体化したものが、この平等賃金レビューというものです。また、これらの取り組みを実現する前提として重要なのが⑥の取り組みでしょう。「セーフティネットが正社員を守る」という記事でも書きましたが、今現在労働において抑圧を受けている人たちの問題を放置することは、今健全に働いている人の労働環境も脅かすことになります。男女間の賃金差別が顕在化した時点で「これはおかしい!」と声を上げ、何らかのアクションを起こしていれば、現在のような規模の賃金差別は防ぐことができたかもしれないのです。そして、たとえ扶養されているとしても、自立できないような水準の賃金で働かせることが認められるのかというところから考え直す必要があるのかもしれません。
 竹信先生は、自身と本当は利害関係を同じくしているのに、それに気付かず下の立場にいる(ように見える)人を蹴落とすことで、自身の立場を結果として危うくしてしまう情況を芥川龍之介の『蜘蛛の糸』の主人公に見立て「カンダタ症候群」と名付けています。言い得て妙ですね。

 続いて紹介するのが自治医科大学の桃井真里子先生の「日本の医療提供体制と女性医師問題」という報告です。要点を簡潔にまとめた素晴らしくわかりやすい報告だったので、原文の一部を引用したいと思います。

以下、2010年のOECD Health Dataを参照しつつ日本の医療提供体制の特徴を記す。
1. 総医療費(保健を含む)の対GDP比は、OECD31カ国中22位 対GDP総医療費は8.1%(2007)で、他国より低い医療費で高度の医療が維持されている。
2. 日本国民の年間受診回数は、13.4回と28カ国中1位
3. MRI、CTの高額医療機器保有台数は、突出して28カ国中1位
4. 医師数は、1000人あたり2.2人で27カ国中24位
5. 医師一人当たりの診察数は28カ国中突出して1位

これらの指標が示す医療提供体制の中では、医師の労働時間、労働量は当然多くなり、週80時間勤務、連続35時間勤務が継続されてきた。医師の応召義務等、医師に診察を義務付ける法律だけあり、医師の労働の質を保証する連続勤務時間制限もない。これは、医師のprofessionalism、患者への貢献精神、を逆手にとった労働搾取に等しい状態で、日本の良質の医療提供体制が維持されてきたとも言える。大学の医局体制の滅私奉公的育成体制がこの維持に貢献してきたことも事実である。この中で社会的に家事育児の担い手とみなされている女性が、社会的に家事・育児の社会サービス提供も不十分な社会で医師として勤務することは、極めて困難であるのが現状である。(中略)本質的には、日本の医療提供体制が、人件費を正当に評価せずに制度設計されていることに問題があり、その制度設計に、医師が家事・育児をする時間を必要としている、という発想がないことが問題である。

勘の鋭い方ならもうお気づきでしょう。以前、私は「医療と教育」という記事を書きました。ここで明らかにされている医師の労働環境はあらゆる専門職に当てはまるものです。特に教員の労働問題と医療従事者のそれとは重なり合う部分が多くなります。例えば、医療や教育の質の問題がメディアで取り上げられることはあっても、その背景に過重労働があるということには触れられません。また、事故が起こった際の対応にしても、例えば長距離トラックの交通事故があった際にその長時間勤務が問題として取りざたされることはあっても、医療事故の場合はそうはなりません。やはりその背景には、過重労働とprofessionalismを混同した稚拙な聖職観があるのでしょう。もし教員の過重労働が教育の質を高めることに関連があるなら、日本の教員は世界で一番生徒や保護者から信頼され、世界で一番生徒の学力は高くなっているはずです。また、医師と教員はそれぞれの労働環境を改善しようとしても個々の職場、この場合は病院や学校の裁量では限界があるということです。医師の育成数は年間8000人と決まっていますし、学校規模に対する職員数も文科省の定めた基準に従っています。改善しようとなれば、国家的な規模の議論が必要となるのです。
 さて、これらの専門職に就く人の苛烈な労働環境を放置することは、誰にとっての損失となるのでしょうか。繰り返しになりますが、やはり私は自分に子どもがいたとしたら、過労で倒れそうな教員に教育を任せたくないし、不眠でフラフラな医師に自分の外科手術を任せたくないのです。特に私のような教員は、過労に苦しむ自身は将来の子どもたちの姿であり、子どもたちの幸福を真に願うなら、何を解決することを優先するべきかを適切に考え、行動しなくてはなりません。

 冒頭でも書きましたが、今回のシンポジウムを観覧して強く感じたことは、差別を受けているある1つの集団についてその情況を明らかにすることは、多くの人の抱える問題を解決するヒントを得ることになるということです。そして、これらの問題を放置することは確実に事態をさらに悪化させるということです。浅倉むつ子先生のレポートの中に「平等賃金レビューの実施優良企業には、インセンティブを設けてはどうか」という提案がありましたが、現在日本には労働者の健全な労働を守っている企業に対する公的なインセンティブがほとんどありません。私たちはこれまで、行政の取り組みに不足しているものを自治によって補ってきました。自治的にインセンティブを作るための具体的な方策として「ホワイトアクション事例集」を提案しました。いつの日か必ず形にするので、その際は応援よろしくお願いします。

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