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2013年4月

2013年4月16日 (火)

理想的な生き方かも

 まず、こちらの記事をご覧ください。「人生の時間軸を横に倒せ」。このブログの著者である大石哲之氏は、経営コンサルタント、著述家という肩書を持ちながら、kyt projectという有料サロンを主宰しています。サロンでは、新しい働き方としてちょっと前から話題のノマドワークや海外移住生活、マイクロビジネスの起業などを実験的に行っています。働き方や企業経営に関して経営コンサルタントの視点から鋭い考察を行っており、私も以前からブログをよく読んで勉強させてもらっています。

 件の記事ですが、ずいぶん前に読んだものにも関わらず、彼のブログのなかでかなり印象に残っているものです。というのは、私の人生の時間軸に対する考え方が、大石氏のそれと重なる部分が多くあったからです。私は大石氏のように、早く引退して経済的に自由な生活を得ようと考えていたわけではありません。ただ、人生のある時期は準備期間であり、ある時期が本番、ここからは余生と、そういったはっきりとした時間的な区切りが存在するかのような生き方に不自然さを感じていました。例えば、エリクソンの説く心理学的な発達段階で規定されるような、それぞれの段階で役割が明確に決められているような人生観がそれに当たります。この国に生まれた人は、ほとんどの場合6歳くらいから学校に通い始め、15~22歳あたりで働き始め、60~65歳くらいで第一線を退き隠居生活をするものとされてきました。こうして、学び・成長の期間、能力を発揮する期間、余生として支えられながら生きる期間と、役割がはっきり分かれているように人生の時間がデザインされています。私は特にこの学びの期間が限定されていることに疑問を感じています。もちろん、広い意味では賃労働を通して学びを得ることもあるでしょうし、いわゆる学校教育だけを学びとして考えているわけではありません。具体的にはリカレント教育と表されるような生涯にわたる教育・学習を実践できるのが理想的であると考えています。それを実践するには、現行の制度に沿って行うのであれば、大学の社会人コースを履修したり大学院に入ったりするのが最も一般的でしょう。しかし日本の場合、わざわざ休職して大学に入りなおしても経済的なリターンにつながりにくく、特に壮年期の男性がそういった道を選ぶことはまれだそうです。ただ、生涯学習というものに取り組むモチベーションは、何も経済的なリターンに限定されているわけではないでしょう。

 さて、なぜこの記事を書こうかと思ったかというと、この4月から週に一度だけ大学に通うことになったからです。というのは、大学時代にお世話になった先生がゼミを開くにあたって、参加しないかと声をかけてくれたのです。退職して時間の自由が利くので、これ幸いと参加を決めました。ただ、その時間のためだけに長い通学時間を費やすのはもったいないと思い、今後役に立ちそうな講義に潜り込むことにしました。主に経済や企業経営に関係する講義を選びました。「ホワイトアクション事例集」では法律を守り従業員や顧客を大切にする企業を応援するわけですが、企業を応援したり人に「ここで働くといいですよ」と勧めたりするのにあたって、そういった知識の裏付けは重要だと思うからです。そういう関係の資格も取ろうと計画しています。
 するとこれからの私の生活は、資格試験の勉強や「ホワイトアクション事例集」立ち上げのための準備、当面の生活資金を得るためのアルバイト、大学での学習をミックスして行うことになるわけです。つまり「働く」と「学ぶ」を同時期に経験できるのです。そうするとどんなメリットがあるのでしょうか。私が最も期待しているのは、仕事と学びの相乗効果です。私が仕事で得た経験がゼミなどで共有され、そこでの学びを深いものにし、そこで得た学びが仕事に生かされ、その質を向上させる。そんな相互作用を期待しているのです。もともと教員という職業を選んだのも、そういった学びと仕事の両面を持つ職務内容に魅かれてのことでしたが、長時間職場に縛られ外部との接触が極端に制限されて主体的な学びの活動が大きく制限されてしまうという壁にぶつかりました。それも退職を決める要因の1つでした。

 退職したことで図らずも理想的な生き方に近づいたわけですが、問題はそれが永続的にできるものではないことです。アルバイトをするとは言え、いずれ貯えは底を突きます。なにより、退職の目的は「ホワイトアクション事例集」の設立なのですから、もちろん永続させるつもりはありません。例えば、「ホワイトアクション事例集」の経営が軌道に乗り、私が常に関わっていなくても回るようになれば、家庭を持つことを視野に入れることもできるかもしれません。そうすれば、「学び」と「仕事」の他に「家庭」のなかでの役割を得ることになり、その相乗効果もさらに豊かになるでしょう。もちろん、軌道に乗せるまでには仕事に専念しなければならない時期もあるでしょうし、時間軸を縦に見る人生観から完全に自由になるわけではありません。しかし、人生で経験する様々な事柄をごちゃ混ぜに同時に味わうことで得られるものは、きっと多くあるはずです。私はそんな雑多でとっちらかった豊かさを、学びや仕事を通して得たいと思っています。

 以前NHKの特報首都圏という番組で、女性の起業家にスポットを当てた特集を放送していました(特報首都圏「新ウーマンパワー~輝く女性が日本を変える~」)。様々な形式や業種の起業が紹介されていましたが、私が注目したのは起業の動機でした。取材されていた女性起業家の多くは、「家庭以外にも役割のある居場所を持ちたい」「家事や育児と両立して働きたいが、それが叶う職場が見つからない。だから自分でそういう職場を作りたいと思った」というものでした。複数の居場所や役割を持つ豊かな人生を送りたいという彼女らの姿は、頼もしい先人として私の目に映りました。

2013年4月12日 (金)

「やむなしブラック企業を救え!」って具体的にどうするの?

 以前「なぜブラック企業は生まれるのか やむなしブラック企業を救え!」なんて記事を書きました。その中で、執筆活動も盛んな人事コンサルタント城繁幸氏の『3年で辞めた若者はどこに行ったのか アウトサイダーの時代』を取り上げ、ブラック企業が生まれる構造を分析しました。そこで引用した一節を再度引用したいと思います。

 かつて高度成長期には、少人数の社員(もちろん男性中心だ)をフル回転で働かせることが、もっとも効率的な経営とされていた。大量生産の時代だから、頭より体で覚えるほうが重要で、そうやって熟練した労働者をこき使ったほうが効率的だったのだ。日本の専売特許である「残業文化」「有休返上」といったカルチャーは、ここに根っこがある。
ただし、経済が成熟すると、主導権は消費者の側に移る。大量生産ではなく、消費者の多様なニーズを汲み取ることが重要となったのだ。つまり、今度は体ではなく、頭で勝負する時代だと言える。男社会を基本とする年功序列は、既にその存在意義を半ば失っているのだ。

経済が成熟し、大量生産ではなく消費者の細かなニーズに対応できる多品種少量生産に切り替えなくては、企業はこれまでと同じような利益を上げることができない時代に入りました。その市場の変化に対応できず、本来とっくに倒産しているところを社員を長時間働かせることで無理矢理生きながらえているのがブラック企業の実態であると、前述の記事でまとめました。そのような状況にあって、「経営力のない企業が倒産するのは当然だ。社会正義のためにブラック企業は潰すべきだ」という主張をよく耳にします。この主張は至極真っ当なものであり、ブラック企業はそのように淘汰されていくべきものです。このブログを書き始めた当初は私も単純にそう考えていましたが、今では手放しで賛成はできません。それは、現在の日本社会が「やり直しが利かない」と言われる通り、失業した際の社会保障が手薄で再出発が非常に難しい状況にあるからです。ひとたび会社の倒産となれば、経営者、従業員共々文字通り路頭に迷うことになりかねません。順番としては、社会保障制度の改善により「安心して倒産(失業)できる社会」を作る方が先なのです。しかし、それは利害関係者が政策決定の場に参加するコーポラティズムの土壌のない日本では、経営者や労働者の立場で即時に実現できるものではありません。であれば、企業の経営方針を変化の急速な市場に対応させ、社員を長時間働かせなくてもやっていけるようにすることが、目下ブラック労働をなくすために取り得る有効な手段と言えるでしょう

 とは言え、年功序列と終身雇用を基盤とした日本の伝統型人事管理は多くの企業で長年実践されてきたものであり、市場のニーズに細やかに対応するために経営体制を改善するのは容易なことではないでしょう。そう考え始めた矢先、1冊の本に出会いました。それが、今野浩一郎氏の『正社員消滅時代の人事改革』です。どんなことが書かれた本なのかというと、「消費者の多様なニーズに応えなければ商品が売れなくなった」という経済市場の変化と「勤務時間や勤務内容に何らかの制約がある社員が多数派になりつつある」という働き方のニーズの多様化に対応するため、多元型人事管理に変えていこうという提案です。濱口桂一郎氏のブログにとてもわかりやすいまとめがありますので、そちらも参照してください。

 なにはともあれ、今野氏の提案をまとめてみましょう。『正社員消滅時代の人事改革』の第1章から第2章では、先ほど引用した城氏の市場の変化の分析と同様の指摘を、さらに細かく述べています。

わが国企業をとりまく市場環境は、「作れば売れる」市場から、「作っても売れないかもしれない、変化が速く不確実性の大きい」市場へと変化してきている。そのなかで企業は、経営目標を売上高や生産高等の経営規模を重視する伝統型から収益性や資本効率を重視する現状型に変えてきており、株式の持ち合いが縮小する、企業の資金調達が間接金融から直接金融に転換する等の資本・金融市場の変化もその動きを促進している。

そのなかで企業が生き残るには、市場が必要とする、それも付加価値の高い製品・サービスを迅速に生産し販売することが求められる。つまり、市場が「何を生産し販売するのか」を決め、企業はそれに追随するという傾向が強まるので、そこで展開される経営戦略は、市場のニーズを組織のなかに取り込んで戦略を立てるという意味から、マーケットイン型(あるいは市場決定型)にならざるをえない。

そのような経営戦略の転換は、社内での評価や働き方の変化を必要とすると今野氏は述べています。

しかし現状型になると、経営目標がプロセス成果から最終成果に転換し、組織が仕事の進め方の決定を現場に任す形態に変化するので、部門(個人)の業績を管理する仕組みは、仕事のプロセスではなく仕事の結果(成果)で管理し評価する傾向が強まる。
(中略)
 このように業績管理が結果を重視する方向に変化すると、部門(個人)にとっては、目標が納得できる形で設定されることが重要になるので、部門(個人)と会社(上司)が相談して目標を決める契約型の形式をとる傾向が強まる。多くの企業が導入している目標管理は、この契約型の仕組みとして機能している。これによって部門(個人)は目標の設定にコミットすることになるので、仕事のプロセスにとどまらず結果に対しても責任をとるということになる。

今野氏は、このように仕事の進め方の裁量を得て結果に対して責任を持つ働き方を組織内自営業型の働き方と呼んでいます。第3章でこれまでの伝統型の人事管理の限界を論じ、第4章では制約社員の増加という労働市場の変化に応じた人事管理の必要性を述べています。

労働市場の供給構造[働きたいと思っている人(労働力と呼ばれる)の特徴]は、少子高齢化を背景にして労働力人口が縮小する、女性、高齢者が増え労働力の構成が多様化するという二つの方向で大きく変化している。

この問題を解決するために企業がとれる基本的な方法は、採用対象層を拡大することである。新規学卒者総数が半減したとしても、たとえば、男性中心にしていた採用対象範囲を女性にまで拡大すれば、採用対象層は二倍に増加し過去のピーク時と変わらない規模になる。企業はもともと、経営の高付加価値化を実践するために「より高度な人材」の確保が必要とされ、そのためには、採用対象範囲を拡大せざるをえない状況におかれている。しかも、それを労働市場の人材供給力が低下するなかで行わなければならないのであるから、採用対象範囲は大胆に拡大される必要があるはずである。

このようにみてくると、企業で働く社員は無制約社員と多様なタイプの制約社員から構成されることになるが、ここで注意したいことは、制約社員が多数派に、無制約社員が少数派になりつつあることと、労働市場の多様化のなかで、その傾向がますます強まりつつあることである。(中略)そうなると社員の求める働き方は様々な制約と両立できる働き方へと変化し、人事管理はそれに合わせて再編される必要が高まるのである。

正社員と同等あるいはそれに類似した基幹的な業務に従事するパート社員が増えていること等を考えると、企業にとって、パート社員を有効に活用し、パート社員に意欲をもって働いてもらうことが重要な経営課題になりつつある。そうなるとパート労働法のいかんにかかわらず、企業は制約社員であることを配慮したうえで、パート社員を有効に活用し、適性に処遇するために人事管理を整備することが求められているのである。

第5章は「制約社員活用は世界の潮流」というタイトルで、欧米諸国で採用されている多元的人事管理が企業利益にいかに貢献しているかという事例を紹介しています。

改めて定義すると「ダイバーシティー・マネジメントとは、多様な人材を組織に組み込み、パワーバランスを変え、戦略的に組織改革を行うことである。ダイバーシティー・マネジメントの第一の目的は組織のパフォーマンスを向上させることにある」ということになり、そこでは人材の多様化(ダイバーシティー)が進むと、組織内の統合やコミュニケーションが阻害される等のコストが発生するものの、異なる情報、価値観をもつ多様な人材からなる集団が形成されることにより組織の創造性、問題解決力等が高まり経営パフォーマンスが向上するという関連が想定されている。

第六章では、伝統型人事管理を「1国2制度型」と呼び、改めてその形式の人事管理を維持していくことが困難となる背景を説明しています。

以上の「1国2制度」を支える無制約社員は基幹社員、制約社員は周辺社員という関係が様々な場面で崩れつつあり、基幹社員についてはライフスタイルと働くニーズの多様化がその背景にある。まずは親等の介護に直面する基幹社員、それも男性の基幹社員が増えつつあることが問題になる。

総務省の『労働力調査』によると、全労働者に占める六〇歳以上の比率は一七・二%(二〇〇九年)であり、今後も増加すると見込まれている高齢社員は全社員のほぼ五人に一人という時代になっている。これほどまでに拡大してくると、現役時代と異なる仕事を作ることは難しくなるうえに、経営の視点からみても本気になって有効活用をはからざるをえなくなるので、企業はますます現職継続型の活用政策をとると考えられ、それは高齢社員の基幹社員化を進めることになる。

「優秀な人材には高度な仕事を配分して、それに合った報酬を提供する」。この人事管理の基本原則に従えば、制約社員、無制約社員にかかわらず人材を活用するという多元型人事管理が優れているということになるが、それとともに第1章でも説明したように、高付加価値型経営を志向するわが国企業は人材活用力を高める必要があり、有能な制約社員を制約社員であるとの理由で活用しないことの損失は大きい。しかも、無制約社員の制約社員化が進みつつあることを踏まえると、現状の人事管理では、無制約社員の活用力も低下する恐れがある。

第7章では、多元型人事管理を実践する具体的な方法について詳しく説明しています。

第一には、会社(職場では上司)は社員(部下)に何の仕事を配分し、何の成果を出してほしいのかを、部下は上司から何の仕事を受け、何の成果を出すかを明確にする必要がある。第1章で説明したように、「どのような仕事を担当するか」が期待役割、「仕事を通してどのような成果をあげることが期待されているのか」が期待成果にあたり、両者を合わせて「業務」と呼ぶと、成果主義化に伴い「業務の明確化」が必要になる。「業務の明確化」がないままに、つまり明確な基準がないままに、仕事と成果に基づいて評価され報酬が決定されるとしたら、社員は人事管理に納得できず、労働意欲を低下させることになるだろう。

しかし、前述のように成果主義化が進むと、業務内容と配置される職場によって報酬とキャリアが左右されることになる。社員にとって業務と職場の決定にあたって自分の意志を反映させる機会をもつことが、具体的には上司あるいは会社と話し合い、納得したうえで決定を受け入れるというプロセスを踏むことが大切となる。働き方の組織内自営業主化が進めば、社員が顧客(つまり上司・会社)から仕事を受注する(仕事を受ける)にあたって当然必要になることなのである。ここでは、これを仕事配分と人材配置の交渉化と呼んでいる。

第7章では、これらの背景を考慮し、社員の目標管理制度や自己申告制度、社内公募制度が多元型人事管理を実践するために有効であると述べています。第8章では報酬管理という観点から多元型人事管理の実践を説明しています。

賃金を決めるための要素は労働意欲、能力、仕事、成果の四要素であり、企業が競争する市場は成果の先にある。伝統的賃金はこのなかの市場から最も遠い位置にある労働意欲と能力を重視する点に特徴があり、それゆえに市場環境の変化に対応できないという困難に直面している。そうなると賃金決定法は市場に近い、つまり市場の変化に対応しやすい仕事と成果の要素を重視する方向で再編される必要があり、それは働き方の組織内事業主化に対応する再編と同じ成果主義化の方向である。

根幹的な部分しか引用しませんでしたが、本書では多元型人事管理の実践の手法が非常に細かく具体的に説明されており、多くの企業経営者に読んでもらいたい良書と言えるでしょう。ワークライフバランスにも触れており、ブラック労働の解消という観点からみても、本書には大きな実行力があると感じました。さて、本書が説明する人事管理の転換の必要性から企業のとるべき方策をまとめると、以下のようになります。

・市場の成熟
・経営戦略がプロダクトアウト型からマーケットイン型へ
・プロセス成果ではなく最終成果が評価される組織内事業主型の働き方へ
・成果主義型の人事管理と契約型の仕事配分
・仕事配分と人事配置の交渉化
・それを実践するための手段として、業務の明確化、目標管理制度、自己申告制度、社内公募制度の導入

ざっくり説明すると、これまで日本の雇用慣行として根強くあったメンバーシップ型の雇用からジョブ型に切り替わることを示しています。ジョブ型に移行すればすべてが解決するわけではないという批判もありましたが、本書はジョブ型に移行するための有効なステップを説得力のある根拠を挙げながら説明しています。そういった雇用問題に関心のある人も、ぜひ本書を手に取ってみてください。

2013年4月 8日 (月)

だまされることの責任 願望と事実の混同

 今回取り上げるのは、オウム真理教を取材した映画『A』で知られるドキュメンタリー映画監督、森達也氏の著書『いのちの食べ方』です。私がこの著書及び森氏の存在を知ったのは、大学で履修していた児童文学の講義で担当教員が紹介してくれたことによります。確かあの講義ではアメリカのヤングアダルト作家であるロバート・ニュートン・ペックの『豚の死なない日』をテーマにしていたと記憶しています。その背景に関連する著書として『いのちの食べ方』を講義の最後に紹介してくれました。それが、私がずっと愛読することとなる「よりみちパン!セ」シリーズとの出会いでした。

 この『いのちの食べ方』は、私たちが毎日口にする肉の加工について、多くの人が知らずにいる状況に疑問を発することから始まります。なぜ、ほぼすべての人の生活に深くかかわる話題であるはずなのに、その実態が知られていないのか。考えてみれば確かに不思議なことです。森氏は、東京都中央卸売市場食肉市場への取材を通じ、国内における食肉の歴史や部落差別についての解説と持論を披露します。その中で、私たちが持つ差別意識や、「当たり前」とされることを盲信することによる思考停止の危険性にも触れます。様々な情報が錯綜する現在において、自分の意志で主体的に思考し行動することの重要性を認識させてくれる森氏の著書は大変大きな価値を持つでしょう。

 今回は『いのちの食べ方』から「だまされることの責任」という章を紹介したいと思います。前回取り上げた「ああすれば、こうなる」型思考との関連を考えながら読んでいただければ幸いです。

 第二次世界大戦が終わったとき、つまり日本が全面降伏をしたその後に、「国民は軍部や政治家たち、そして新聞にだまされていた」との世論が盛り上がった時期がある。だから日本は勝ち目のない戦争に突き進んだという理屈だ。ところがこれに対して、「だまされることの責任」を説いた人がいる。映画監督の伊丹万作という人だ。とてもいい文章を書いている。「戦争責任者の問題」というタイトルのエッセイだ。 

 さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知っている範囲ではおれがだましたのだといった人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつ分からなくなってくる。多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はっきりしていると思っているようであるが、それがじつは錯覚らしいのである。たとえば民間のものは軍や官にだまされたと思っているが、軍や官の中へ入ればみな上の方をさして、上からだまされたというだろう。上の方へいけば、さらにもっと上の方からだまされたというだろう。すると、最後にはたった一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくらなんでも、わずか一人や二人の知恵で一億の人間がだませるわけがない。つまり日本中が夢中になって互いにだましたりだまされたりしていたのだと思う。

肉を食べる話からずいぶん違うほうにきてしまったようだけど、でももう少しこの話を続けさせてほしい。なぜなら「いのちを食べる」ことに無自覚であることの意味を考えるうえで、とても重要な示唆をこの話は含んでいる。

 つまりだますものだけでは戦争は起きない。だますものとだなされるものとがそろわなければ戦争は起こらないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかないのである。
  そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己をゆだねるようになっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無責任などが悪の本体なのである。

 戦時下で、当時としては最大のマスメディアである新聞が、戦争を翼賛する報道に変わってしまったことを批判する人は今も多い。三国同盟や国連脱退など、日本が軍事国家へ向かう道筋をたどるときの大きな節目で、これを賞賛して世論を誘導したのは確かに新聞だ。
 もちろん日本が戦争に突き進もうとするときに、戦意を高揚するような記事しか載せなかった新聞は大いに批判されるべきだ。でも、新聞がなぜそのような報道をしてしまったのかを考える人はあまりいない。軍部や国家からの弾圧に屈して、新聞は戦争を起こすことに賛成するかのような記事を書いたと、ほとんどの人が今でも思いこんでいる。
でも事実はそうじゃない。戦意を掻き立てなければ、新聞は売れなかったからだ。戦争への反対の意見を表明したら、明らかに部数が落ちたからだ。要するに当時の日本国民は、ほとんどが一丸となってだまされることを望み、その結果として新聞をその方向に追い込んだ。
 この構造はそのまま現代にも当てはまる。戦争だけじゃない。日常のいたるところにこの現象はあふれている。すべてを知るのは終わった後だ。皆が呆然と顔を見交わしながら、誰が悪いんだ?誰の責任だ?と言い合っている。でもわかるわけがない。全員に責任があるのだから。

 ここで注目するべきなのは「戦意を掻き立てなければ、新聞は売れなかったからだ。戦争への反対の意見を表明したら、明らかに部数が落ちたからだ。」という一節です。私たちは新聞をはじめとするメディアに何を期待しているのでしょうか。それは、真実をありのまま伝えることではないでしょうか。しかし、実際に起こったことは、真実を伝える報道は注目されず、大衆が「こうあってほしい」という願望を記事にしたものが売れ、事実として扱われるという事態です。もちろん、意識して真実と異なる報道を支持していたわけではないでしょう。それでも、私たちが「批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己をゆだねるようになっ」たとき、「こうあってほしいという願望と事実との区別がつかなくなる」という事態が生じるのでしょう。前回の記事で「公正世界仮説」という心理現象を紹介しましたが、それによる困窮者への自己責任の追及は、まさに「自己責任であってほしい」という願望が事実と混同されている事態だと言えるでしょう。「ああすれば、こうなる」型思考は、願望と事実の混同の一例に当たるわけです。
 権力が国民を支配するために「こう思わせたい」と事実とは異なる情報を吹聴するとき、大衆の「こうだったらいいな」という願望を巧みに利用するものです。願望と事実の混同は、プロパガンダの影響を拡大してしまう危険性を持っています。現在散見される困窮者へのバッシングには、背景としてこのような状況があるのでしょう。しかし、往々にして後にならなければ何が事実であるのかはわからないものです。私たちにできることは、そのようなプロパガンダに対してせいぜい批判的な視点を持つことですが、それこそが権力者の良いようにコントロールされないための最も有効な手段なのだと私は思います。

 視点をメディアのほうに移せば、大戦中のメディアの問題は、戦争を翼賛する報道そのものより、第三の権力としての責任を忘れて市場経済の原理を重視しすぎた点にあると言えるでしょう。メディアも商売として報道を行っているのだから当たり前だという批判もあるかもしれません。しかし、落ち着いて考えたいものです。そもそも事実と異なる情報を真実であるかのように伝えることに経済的な価値があると言えるでしょうか。そういったものに多くの人が嬉々としてお金を落としていく状況こそ、改善されるべき異常な事態です。現在においても、報道機関はその責任を十分に果たしていると言えるでしょうか。批判的に情報を受け取る姿勢を持ち続けたいものです。

2013年4月 5日 (金)

「ああすれば、こうなる」型思考の危険性

 今回の記事を書こうと思ったきっかけはこちらのツイートを見かけたことによります。

https://twitter.com/pointscale/status/305885658478686208
就活生や大学をここまで追い込んだのは、「こうすれば、こうなる」と信じ、最短距離で実現する完成した人材を欲した、企業や社会の問題でもある。「こうすれば、こうなる」というノウハウを得るには、仮説と試行錯誤の検証、というプロセスを体験することが不可欠だが、それが置き去りにされている。

「こういう行動を起こせばこういう結果が得られる」という原因と結果の関連性を単純に捉えすぎているのではないか、というメッセージを私はこのツイートから読み取りました。「こうすれば、こうなる」という因果関係は私たちが思うよりも複雑なものであり、それを読み解けるようになるには訓練が必要であるということのようです。
 さて、このツイートをみて、私は以前こんな本を読んだことを思い出しました。養老孟司著『いちばん大事なこと―養老教授の環境論』です。環境問題を扱った本なのですがその序盤にこんな一節があります。少し長くなりますが、引用します。


 
 意識が作り出した世界、頭で考えて作った世界を、私は「脳化社会」と呼んでいる。具体的には都市のことである。自然が作った人間の体と、脳化社会はあちこちで矛盾する。そのことを二十年くらい言い続けているが、十分には理解してもらえていないと思う。たいていの人は、中年になって突然、体の心配をはじめ、健康にいいとされているものを次々に試すようになる。自分の体が自然に属することをずっと忘れていて、中年になって急に気がつき、あわてだす。ふだんは田畑の面倒をみていなかった人が、突然面倒をみはじめるようなもので、まあ、間に合うわけがない。これも広義の環境問題であろう。人体という自然をめぐる話だからである。
 身体を自然の一部だと認めることは、ふつうにはむずかしいことらしい。結核が治せるようになったのは、ストレプトマイシンなどの抗生物質が開発され、それがよく効いたからだとされる。薬を開発したのは意識だから、薬はつまり人工である。しかし、イギリスに疫学的なデータを丁寧にとった研究者がいて、それによると、抗生物質が開発されるより前から、結核患者数はどんどん減っていたという。このデータに従えば、結核患者の減少には抗生物質よりも、社会経済構造が変化し、生活状態が向上した効果が大きく効いたことになる。まだ有効な薬がない時代、日本でも結核の治療は大気、安静、栄養だと言われていた。
 ではなぜ「抗生物質で結核が治った」と説明されるのか。そこには都会人の価値観がよく現れている。積極的に薬を投与したら、結核が治った。その考え方のほうを、近代人は好む。体を取り巻く状況をよくしてやったら、病気が「ひとりでによくなった」という話は、あまり好かれない。自分のおかげでよくなったと、意識が威張れない。そう思うせいかもしれない。なにかをしたから、おかげでこういう結果になった。こう考えたがる人間の性向を「ああすれば、こうなる」型の思考と呼ぶ。じつはこれが、脳化社会の基本思想である。
 「ああすれば、こうなる」という図式は、とくに体を含めた自然の問題には当てはまらないことが多い。自然はそれほど単純にはできていないからである。一般の人は、病気というと決まった原因があり、その結果ある症状が起こり、極端な場合には死ぬと考えていると思う。しかし、ある症状が起こってくる原因は、じつは無数にある可能性がある。
(中略)
 人間が理性的だと信じているやり方、つまり「ああすれば、こうなる」という考え方は現代社会の基本常識だが、じつは基本的に問題を抱えている。そのことを、だれでも知っているべきだと思う。もちろん都市社会はそれが成り立つようにつくってあるのだから、ふつうはそのやり方でうまくいく場合が多い。しかし、そうならない可能性はつねにある。自然のなかでは、むしろそうならないのがふつうである。「柳の下にドジョウがいるとは限らない」のである。
 「ああすれば、こうなる」式の思考がはびこるようになったのは、人間が自然とつきあわなくなったからである。自然はたくさんの要素が絡み合う複雑なシステムである。だから、自然に本気でつきあっていれば、「ああすれば、こうなる」が通らないことが体験できる。でも人工環境では、そのことに気づかない。教わる機会を逸するからである。人工環境とは、むしろ「ああすれば、こうなる」が成り立つ世界のことなのである。そうなるように人間が、つまり意識が都市をつくったのだから、それで当然である。むろん都市の外、つまり自然に対しては、それが成り立つ保証はない。

まとめると「物事の結果にはたくさんの要因が複雑に影響しているが、都市生活に慣れている人たちは意識的にとった行動が結果を生み出したと思いたがる」ということになります。そして、その要因として自然と付き合わなくなったことを挙げていますが、別に私はこの記事を通して「自然ともっと触れ合うべきだ」と訴えたいのではありません。私が言いたいのは、養老氏とは意見が異なりますが、都市社会の中でも「ああすれば、こうなる」が通用しないことはいくらでもあるということです。自然と人間社会の接点とも言える農業を例に挙げれば、たとえどんなに努力して農作業に励んだとしても、冷害や干ばつなどの自然現象の影響は、人間が行う努力によるものよりずっと大きいものです。そういった、人間の努力の及ばない外的要因は、都市社会の中にも無数に存在します。

 例えば、学力とその家庭の経済力の相関関係は、今や疑いようのないものとして扱われています。学力向上に及ぶ影響としては、本人の努力以外に、教員との相性、学級の雰囲気、家庭内に落ち着いて学習できる環境があるかなど、様々な要因が挙げられます。冒頭で引用したツイートでは就活を話題にしていますが、就活の成果に関しても、同様のことが言えるでしょう。住んでいるところが地方か都心かによっても、就活にかかる費用や時間は大きく異なります。何か1つの結果が生じるまでに、当人のあずかり知らない無数の要因が複雑に影響しているのは、自然環境の中でも現代社会の中でも、程度の差はあれど同じだということです。もちろん都市社会の中で起こる現象は自然環境よりも予想がつきやすく、訓練によってそのノウハウを獲得することはある程度可能だと思われます。投資家や成功している企業経営者は、そのノウハウを熟知している人たちだと言えるでしょう。冒頭のツイートではその訓練の機会をいかに確保するかを問題にしているわけです。

 この「ああすれば、こうなる」型思考の裏にあるのは、「物事をなるべくシンプルに理解したい」という欲求と「(ある程度成功している)自身のポジションは自分の努力によって獲得したものだと思いたい」という欲求です。前者に関しては、私たちのあずかり知らない影響を考慮に入れて複雑な因果関係を繊細に捉えることを面倒に感じ、その労力を惜しんでしまう心理の表れでしょう。後者に関しては、もちろん自身の成功の要因を「運によるものだ」と考えるより「自分の手柄だ」と考える方が気分が良いですから、当然の欲求と言えるでしょう。公正世界仮説という心理用語があるようです。メルビン・ラーナーという心理学者が提唱したものらしいのですが、「世界がコントロール可能であり予測可能であってほしいと願い、それが高じて世界は公正だと思い込むようになる」心理現象とのこと。まさに「ああすれば、こうなる」型思考を説明するのにぴったりの言葉です。「ああすれば、こうなる」型思考の弊害は様々ありますが、最も顕著なのは生活保護叩きや就活に失敗した人たちへのバッシングなど「努力をしなかった結果困窮しているのだから、支援する必要はない」という世論を形成してしまうことでしょう。私たちは自身の今のポジションを「自分が努力した結果だ」と思いたいものです。困窮している人たちへのバッシングは、そういった欲求とワンセットのものです。困窮しているという結果の要因として、個人の努力と環境的な要因がどれほどの割合で生じているのかは、数値で表すことができない以上「これが唯一の絶対的な要因だ!」と断定することはできないのです。また同様に、「これさえ解決すればすべてうまくいくはずだ!」と問題の原因を1つのものに求めてしまうのも、やはり危険なことだと言えるでしょう。(よかったら「浦河ぱぴぷぺぽ紀行2「人は病気を治すためだけに生きるのではない」」を参照してください。)

 実際問題として、1つの原因と結果がストレートに結びつくことはあまりないと言って差し支えないでしょう。「カオス理論」や「バタフライエフェクト」なんて言葉もあるようですが、あまり専門的なことは私にはわからないので、関心のある人はご自分でググってください。実際に飛行機を飛ばしたり、月への有人飛行を成功させた人たちというのは、関連する要因を事細かに考慮に入れて緻密な計算を積み重ねることによってそれを成功させているわけです。
 よく、生活保護バッシングの文脈で「努力が報われる社会にしろ」という主張が見られますが、因果関係を単純に捉えすぎているという問題はあるものの、「努力が報われる社会であってほしい」という願いそのものは真っ当なものです。しかし、本気でそう願うのであれば、他者を攻撃するのではなく、それを実現するために具体的に何をするべきかを建設的に考えなければなりません。それは、飛行機や宇宙ロケットの開発のプロセスと同じように、社会構造をつぶさに分析し、「努力が報われる社会」の実現のために必要な政策を緻密に考えていくことが必要です。現時点においてそれを実現しているのは、北欧を中心にみられる高福祉国家の姿のように私には思えるのですが、みなさんはどう考えるでしょうか。

2013年4月 1日 (月)

前略、退職を決めました

 今回の記事のタイトルは「俺は教員をやめるぞ!ジョジョーッ!!」にしようかと思っていたんですが、「ジョジョ」に当てはまる上手いフレーズがなかったので、あえなく却下。私の愛してやまない『よりみちパン!セ』シリーズからアイディアを拝借しました。ちなみに『ジョジョ』では第一部が一番好きです。人間賛歌は勇気の讃歌!

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 退職の理由を挙げようと思えばいくらでも挙げられるのですが、ここでは大まかなものだけをお伝えしたいと思います。もちろんその中には、辛い仕事から逃げたいというネガティブな動機も含まれます。どんな職種であれ、やはり仕事により健康を害し、生きる上での家庭や地域の中での役割が著しく制限されるようなことがあってはならないと思いますし、私自身がその構造を再生産することに加担するのをこれ以上続けたくなかったのです。また、こんな気持ちを抱えながらも、課せられた仕事をクリアしなければその影響は生徒にダイレクトに向かいます。そんな板挟みの状況に耐えられなかったのです。

 もちろん、今回の退職は私にとって前進でもあります。それは、安心して働ける職場を増やし、ルールを守って経営している真面目な企業を応援する「ホワイトアクション事例集」作成の本格始動を意味するからです。これをソーシャルビジネスとして成立させるという目標を実現するために、退職というのは必要なプロセスでした。本業の片手間に0からの立ち上げができるほどソーシャルビジネスは甘いものではないですし、教員という仕事もまた何か外部の活動と併行してできるほど甘いものではありません。どちらかを選ばなければならないという状況に直面した時、私はソーシャルビジネスを選びました。大体仕事について3~5年目というのは壁にぶち当たるものだそうで、その時に壁から逃げるか、何とか乗り切ろうと踏ん張るかは、職場に乗り越えた後の姿、つまり自分のロールモデルとなる先輩がいるかどうかにかかっていると言います。私の場合、学校にそういったロールモデルが存在しなかったわけではありません。それよりも、職場の外にもっと魅力的でイカしたロールモデルを見つけたのです。大学で過ごした4年間は、ほぼ教員になることしか考えていませんでしたし、これからまったく畑の異なる世界に踏み出そうというのは、無謀なことのようにも思います。それでも、本当に心から挑戦したいと思うものを見つけられたのは、幸運というほかないと私は思います。私はネガティブな気持ちを抱えながらも、爽やかで前向きなモチベーションを持って3年で辞める道を選んだのです。かの偉大な芸術家、岡本太郎もこう言っていました。

「いいかい、怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ。」
「危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ。」
「僕はかつて、出る釘になれと発言したことがある。誰でもが、あえて出る釘になる決意をしなければ、時代は開かれない。僕自身はそれを貫いて生きてきた。確かにつらい。が、その痛みこそが生きがいなのだ。この現代社会、システムに押さえ込まれてしまった状況の中で、生きる人間の誇りを取り戻すには、打ち砕かれることを恐れず、ひたすら自分を純粋に突きだすほかはないのである。」


教員採用試験の勉強を始めた時、一般企業への就活を一切せずに、教職一本に絞ることを決意しました。その時に、今初めて自分の人生が始まったと感じました。その時はまさか自分が3年で辞めることになるなんて想像もしませんでした。そして、退職してホワイトアクション事例集を実現しようと心に決めた時、やはりあの時と同じ気持ちになりました。生きる場所や方法は変わりますが、自分の満足する生き方をしたいという気持ちを変えないために必要な選択だったのです。

 さて、退職するにあたって、私は1つ常識に合わないことをしています。それは、退職した現時点において、次の職場が決まっていないのです。つまり、空白期間を作ってしまいました。これは再就職の道を選ばなければならなくなった際に大きなマイナスとなるでしょう。しかし、これにも理由があるのです。人によってはただの言い訳にしか聞こえないかもしれません。それでも、これから述べることは私が退職を決意してから今日までの日々を過ごす上での重要な決意だったのです。前述したように、教員の仕事というのは他の活動と併行できるような余裕のある仕事ではありません。そもそもそんな余裕があれば辞めようなんて思いません。辞めるその日までは自分のできることをちゃんとやりたかったのです。
先日ツイッターでこんなツイートを見かけました。

https://twitter.com/pinokio_brother/status/312726021105401858
ブラック企業に就職したことがわかったら、真面目に働かないことだ。常に逃げる機会を伺いながら仕事はそっちのけで、疲れたら休み、だるくなったらサボリってくらいの意識で丁度いいだろう。仲間を連れて一斉に辞めてしまうのもいいだろう。ブラック企業もじわじわと打撃を受けていくに違いない。

私はこれに激しく同意し、即RTしました。自分の就職先がブラック企業だとわかったら、仕事そっちのけで転職活動にエネルギーを注いで、ちゃんと次の職場を確保したうえで辞めていくのが良いでしょう。ブラック企業はそのように淘汰されていくべきものですし、それが経済合理性に基づいた行動というものでしょう。もちろん義理を感じる職場であれば相応の辞め方というものがあるのでしょうが、元来労使関係というのはこういうドライなものでしょう。
 ただ、今回私はこういう手段を取りませんでした。修了式の日まで勤務するのはもちろん、その後29日まで出勤し、次年度の準備もきっちりやって退職しました。それは教育が公的な事業であるため、経済合理性とは異なる動因が働くからです。職員が手を抜いたところで雇っている側は全く痛手を被ることはなく、しわ寄せはすべて生徒に向かいます。次年度、私の校務分掌を引き継ぐ人が少しでも学級開きに多くの労力を注げるように、私は最後の日まで勤務しました。有給休暇も10日以上残していますが、それが自分としては納得のいく終わらせ方だったのです。学校にいる間は、苦しくても学校のルールや価値観に従おうと決めていました。

 とは言え、まったく転職活動をしなかったわけではありません。しかし、仕事の片手間では思うような結果も出せず、また中途半端な力の注ぎ方では相手先の企業や団体にも失礼だと感じ、そういった活動はきっちり本職を終えるまで極力抑えようと決めました。それが正しい選択なのかはわかりませんが、やはり生き方に正解などないということなのでしょう。やってみないとわからないことは多いものです。

 そんなこんなで、私の生活はこの4月からガラッと変わり、新しい道へと進み始めます。教職を辞めなければ出会えたであろう素晴らしい生徒や同僚との時間を犠牲にして選んだ道を、後悔のないように進んでいきたいと思います。これから本格的に始まるQ崎の活動を、温かく見守って頂ければ幸いです。

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