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2013年4月 1日 (月)

前略、退職を決めました

 今回の記事のタイトルは「俺は教員をやめるぞ!ジョジョーッ!!」にしようかと思っていたんですが、「ジョジョ」に当てはまる上手いフレーズがなかったので、あえなく却下。私の愛してやまない『よりみちパン!セ』シリーズからアイディアを拝借しました。ちなみに『ジョジョ』では第一部が一番好きです。人間賛歌は勇気の讃歌!

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 退職の理由を挙げようと思えばいくらでも挙げられるのですが、ここでは大まかなものだけをお伝えしたいと思います。もちろんその中には、辛い仕事から逃げたいというネガティブな動機も含まれます。どんな職種であれ、やはり仕事により健康を害し、生きる上での家庭や地域の中での役割が著しく制限されるようなことがあってはならないと思いますし、私自身がその構造を再生産することに加担するのをこれ以上続けたくなかったのです。また、こんな気持ちを抱えながらも、課せられた仕事をクリアしなければその影響は生徒にダイレクトに向かいます。そんな板挟みの状況に耐えられなかったのです。

 もちろん、今回の退職は私にとって前進でもあります。それは、安心して働ける職場を増やし、ルールを守って経営している真面目な企業を応援する「ホワイトアクション事例集」作成の本格始動を意味するからです。これをソーシャルビジネスとして成立させるという目標を実現するために、退職というのは必要なプロセスでした。本業の片手間に0からの立ち上げができるほどソーシャルビジネスは甘いものではないですし、教員という仕事もまた何か外部の活動と併行してできるほど甘いものではありません。どちらかを選ばなければならないという状況に直面した時、私はソーシャルビジネスを選びました。大体仕事について3~5年目というのは壁にぶち当たるものだそうで、その時に壁から逃げるか、何とか乗り切ろうと踏ん張るかは、職場に乗り越えた後の姿、つまり自分のロールモデルとなる先輩がいるかどうかにかかっていると言います。私の場合、学校にそういったロールモデルが存在しなかったわけではありません。それよりも、職場の外にもっと魅力的でイカしたロールモデルを見つけたのです。大学で過ごした4年間は、ほぼ教員になることしか考えていませんでしたし、これからまったく畑の異なる世界に踏み出そうというのは、無謀なことのようにも思います。それでも、本当に心から挑戦したいと思うものを見つけられたのは、幸運というほかないと私は思います。私はネガティブな気持ちを抱えながらも、爽やかで前向きなモチベーションを持って3年で辞める道を選んだのです。かの偉大な芸術家、岡本太郎もこう言っていました。

「いいかい、怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ。」
「危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ。」
「僕はかつて、出る釘になれと発言したことがある。誰でもが、あえて出る釘になる決意をしなければ、時代は開かれない。僕自身はそれを貫いて生きてきた。確かにつらい。が、その痛みこそが生きがいなのだ。この現代社会、システムに押さえ込まれてしまった状況の中で、生きる人間の誇りを取り戻すには、打ち砕かれることを恐れず、ひたすら自分を純粋に突きだすほかはないのである。」


教員採用試験の勉強を始めた時、一般企業への就活を一切せずに、教職一本に絞ることを決意しました。その時に、今初めて自分の人生が始まったと感じました。その時はまさか自分が3年で辞めることになるなんて想像もしませんでした。そして、退職してホワイトアクション事例集を実現しようと心に決めた時、やはりあの時と同じ気持ちになりました。生きる場所や方法は変わりますが、自分の満足する生き方をしたいという気持ちを変えないために必要な選択だったのです。

 さて、退職するにあたって、私は1つ常識に合わないことをしています。それは、退職した現時点において、次の職場が決まっていないのです。つまり、空白期間を作ってしまいました。これは再就職の道を選ばなければならなくなった際に大きなマイナスとなるでしょう。しかし、これにも理由があるのです。人によってはただの言い訳にしか聞こえないかもしれません。それでも、これから述べることは私が退職を決意してから今日までの日々を過ごす上での重要な決意だったのです。前述したように、教員の仕事というのは他の活動と併行できるような余裕のある仕事ではありません。そもそもそんな余裕があれば辞めようなんて思いません。辞めるその日までは自分のできることをちゃんとやりたかったのです。
先日ツイッターでこんなツイートを見かけました。

https://twitter.com/pinokio_brother/status/312726021105401858
ブラック企業に就職したことがわかったら、真面目に働かないことだ。常に逃げる機会を伺いながら仕事はそっちのけで、疲れたら休み、だるくなったらサボリってくらいの意識で丁度いいだろう。仲間を連れて一斉に辞めてしまうのもいいだろう。ブラック企業もじわじわと打撃を受けていくに違いない。

私はこれに激しく同意し、即RTしました。自分の就職先がブラック企業だとわかったら、仕事そっちのけで転職活動にエネルギーを注いで、ちゃんと次の職場を確保したうえで辞めていくのが良いでしょう。ブラック企業はそのように淘汰されていくべきものですし、それが経済合理性に基づいた行動というものでしょう。もちろん義理を感じる職場であれば相応の辞め方というものがあるのでしょうが、元来労使関係というのはこういうドライなものでしょう。
 ただ、今回私はこういう手段を取りませんでした。修了式の日まで勤務するのはもちろん、その後29日まで出勤し、次年度の準備もきっちりやって退職しました。それは教育が公的な事業であるため、経済合理性とは異なる動因が働くからです。職員が手を抜いたところで雇っている側は全く痛手を被ることはなく、しわ寄せはすべて生徒に向かいます。次年度、私の校務分掌を引き継ぐ人が少しでも学級開きに多くの労力を注げるように、私は最後の日まで勤務しました。有給休暇も10日以上残していますが、それが自分としては納得のいく終わらせ方だったのです。学校にいる間は、苦しくても学校のルールや価値観に従おうと決めていました。

 とは言え、まったく転職活動をしなかったわけではありません。しかし、仕事の片手間では思うような結果も出せず、また中途半端な力の注ぎ方では相手先の企業や団体にも失礼だと感じ、そういった活動はきっちり本職を終えるまで極力抑えようと決めました。それが正しい選択なのかはわかりませんが、やはり生き方に正解などないということなのでしょう。やってみないとわからないことは多いものです。

 そんなこんなで、私の生活はこの4月からガラッと変わり、新しい道へと進み始めます。教職を辞めなければ出会えたであろう素晴らしい生徒や同僚との時間を犠牲にして選んだ道を、後悔のないように進んでいきたいと思います。これから本格的に始まるQ崎の活動を、温かく見守って頂ければ幸いです。

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コメント

素晴らしい姿勢だと思います。今、ネガティブor ポジティブと感じているもの全ての経験は宝だと思います。積極的に生きる。これに勝る物無し。 『オモシロクナキ世ヲ オモシロクするのは誰 かじゃない。自分だろ。』私の好きな言葉です。例え川の流れが変わるかの如くであっても挑戦しましょう。

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