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2013年4月16日 (火)

理想的な生き方かも

 まず、こちらの記事をご覧ください。「人生の時間軸を横に倒せ」。このブログの著者である大石哲之氏は、経営コンサルタント、著述家という肩書を持ちながら、kyt projectという有料サロンを主宰しています。サロンでは、新しい働き方としてちょっと前から話題のノマドワークや海外移住生活、マイクロビジネスの起業などを実験的に行っています。働き方や企業経営に関して経営コンサルタントの視点から鋭い考察を行っており、私も以前からブログをよく読んで勉強させてもらっています。

 件の記事ですが、ずいぶん前に読んだものにも関わらず、彼のブログのなかでかなり印象に残っているものです。というのは、私の人生の時間軸に対する考え方が、大石氏のそれと重なる部分が多くあったからです。私は大石氏のように、早く引退して経済的に自由な生活を得ようと考えていたわけではありません。ただ、人生のある時期は準備期間であり、ある時期が本番、ここからは余生と、そういったはっきりとした時間的な区切りが存在するかのような生き方に不自然さを感じていました。例えば、エリクソンの説く心理学的な発達段階で規定されるような、それぞれの段階で役割が明確に決められているような人生観がそれに当たります。この国に生まれた人は、ほとんどの場合6歳くらいから学校に通い始め、15~22歳あたりで働き始め、60~65歳くらいで第一線を退き隠居生活をするものとされてきました。こうして、学び・成長の期間、能力を発揮する期間、余生として支えられながら生きる期間と、役割がはっきり分かれているように人生の時間がデザインされています。私は特にこの学びの期間が限定されていることに疑問を感じています。もちろん、広い意味では賃労働を通して学びを得ることもあるでしょうし、いわゆる学校教育だけを学びとして考えているわけではありません。具体的にはリカレント教育と表されるような生涯にわたる教育・学習を実践できるのが理想的であると考えています。それを実践するには、現行の制度に沿って行うのであれば、大学の社会人コースを履修したり大学院に入ったりするのが最も一般的でしょう。しかし日本の場合、わざわざ休職して大学に入りなおしても経済的なリターンにつながりにくく、特に壮年期の男性がそういった道を選ぶことはまれだそうです。ただ、生涯学習というものに取り組むモチベーションは、何も経済的なリターンに限定されているわけではないでしょう。

 さて、なぜこの記事を書こうかと思ったかというと、この4月から週に一度だけ大学に通うことになったからです。というのは、大学時代にお世話になった先生がゼミを開くにあたって、参加しないかと声をかけてくれたのです。退職して時間の自由が利くので、これ幸いと参加を決めました。ただ、その時間のためだけに長い通学時間を費やすのはもったいないと思い、今後役に立ちそうな講義に潜り込むことにしました。主に経済や企業経営に関係する講義を選びました。「ホワイトアクション事例集」では法律を守り従業員や顧客を大切にする企業を応援するわけですが、企業を応援したり人に「ここで働くといいですよ」と勧めたりするのにあたって、そういった知識の裏付けは重要だと思うからです。そういう関係の資格も取ろうと計画しています。
 するとこれからの私の生活は、資格試験の勉強や「ホワイトアクション事例集」立ち上げのための準備、当面の生活資金を得るためのアルバイト、大学での学習をミックスして行うことになるわけです。つまり「働く」と「学ぶ」を同時期に経験できるのです。そうするとどんなメリットがあるのでしょうか。私が最も期待しているのは、仕事と学びの相乗効果です。私が仕事で得た経験がゼミなどで共有され、そこでの学びを深いものにし、そこで得た学びが仕事に生かされ、その質を向上させる。そんな相互作用を期待しているのです。もともと教員という職業を選んだのも、そういった学びと仕事の両面を持つ職務内容に魅かれてのことでしたが、長時間職場に縛られ外部との接触が極端に制限されて主体的な学びの活動が大きく制限されてしまうという壁にぶつかりました。それも退職を決める要因の1つでした。

 退職したことで図らずも理想的な生き方に近づいたわけですが、問題はそれが永続的にできるものではないことです。アルバイトをするとは言え、いずれ貯えは底を突きます。なにより、退職の目的は「ホワイトアクション事例集」の設立なのですから、もちろん永続させるつもりはありません。例えば、「ホワイトアクション事例集」の経営が軌道に乗り、私が常に関わっていなくても回るようになれば、家庭を持つことを視野に入れることもできるかもしれません。そうすれば、「学び」と「仕事」の他に「家庭」のなかでの役割を得ることになり、その相乗効果もさらに豊かになるでしょう。もちろん、軌道に乗せるまでには仕事に専念しなければならない時期もあるでしょうし、時間軸を縦に見る人生観から完全に自由になるわけではありません。しかし、人生で経験する様々な事柄をごちゃ混ぜに同時に味わうことで得られるものは、きっと多くあるはずです。私はそんな雑多でとっちらかった豊かさを、学びや仕事を通して得たいと思っています。

 以前NHKの特報首都圏という番組で、女性の起業家にスポットを当てた特集を放送していました(特報首都圏「新ウーマンパワー~輝く女性が日本を変える~」)。様々な形式や業種の起業が紹介されていましたが、私が注目したのは起業の動機でした。取材されていた女性起業家の多くは、「家庭以外にも役割のある居場所を持ちたい」「家事や育児と両立して働きたいが、それが叶う職場が見つからない。だから自分でそういう職場を作りたいと思った」というものでした。複数の居場所や役割を持つ豊かな人生を送りたいという彼女らの姿は、頼もしい先人として私の目に映りました。

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