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2013年5月21日 (火)

自己啓発派 VS Born This Way派

 前回の記事では、弱者と呼ばれる人たちの問題は当事者とされる人たちだけの問題ではなく、すべての人に関係があるのだということを強調したくて「社会全体の利益」という言葉を多用しました。しかし、私が大切だと思っているのは、その社会全体の利益が何のために存在するのかということです。前回の記事では、宮沢賢治の「世界全体が幸福にならないかぎりは、個人の幸福はありえない。」という言葉を紹介しました。私は「個人の幸福の実現のために、世界全体の幸福は存在する。」と考えています。宮沢賢治の言葉を言い換えただけですが、そのことを念頭に以下を読み進めていただけると幸いです。

 自殺予防活動で知られるNPO法人ライフリンクが、若年者の自殺の増加の原因を探る一環として、就職活動中の学生を対象とした「就職活動に関わる意識調査」を行いました。その細かい結果については、リンクからPDFの資料を見ていただければと思います。この調査結果の中に、何か引っかかるものを感じました。調査項目の中に、日本社会に対するイメージについての質問があります。その結果は以下の通りです。

Q.25: 日本社会は、、、
・いざという時に、「援助してくれる(35.0%)」VS「何もしてくれない(65.0%)」
・やり直しが、「きく社会だ(42.5%)」VS「きかない社会だ(57.5%)」
・正直者が、「報われる社会だ(31.1%)」VS「バカを見る社会だ(68.9%)」
・「希望を持てる社会だ(36.7%)」VS「あまり希望を持てない社会だ(63.3%)

じつに半数以上の回答者が日本社会に対してマイナスのイメージを持っています。次に、困難や問題に直面した際の考え方についての調査結果を見てみましょう。

Q.30: 困難や問題に直面した時、どのように考えるか、、、
・困難が生じた原因を、「自分の中に探る(82.5%)」VS「外部の環境の中に探る(17.5%)」
・「自分だけで解決しようとする(55.0%)」VS「誰かに頼ろうとする(45.0%)」

この調査結果から、困難が生じた原因や対応は「自己責任」と考える人の方がよほど多いということがわかります。さて、この2つの調査結果を並べてみると、何とも不思議な印象を抱いてしまいます。現在の日本社会には何らかの問題があると感じている若年者が多くいる一方で、何か問題が生じた際には自分の中に原因を探る若年者の方が多いのです。どうして、ある種矛盾を抱えているとも言えるこのような結果が生じたのでしょう。

 巷には多種多様な自己啓発の書籍などがあふれています。自己啓発とはザックリ言うと「もっと幸せに生きるために、自分を成長させよう」「もっと成功するために、自分を変えよう」という考え方のことです。ビジネスだったり学業だったり人間関係だったり、自己啓発で取り扱う分野は多岐に渡りますが、「他者や環境を変えるより、自分を変える方が簡単だ」という考えが根底にある点は共通していると思われます。この「他者や環境を変えるより、自分を変える方が簡単だ」という考え方は、多くの人にとってうなずけるものだと思います。自分自身は自分の意識によってコントロールできるものであり、望ましい結果を得るためには、自分を変えるのが一番手っ取り早い手段となります。そこで、多くの人は弛まぬ努力と鍛錬によって自身の能力を高め、自分を変えることによって望んだ結果を得ようとするのです。

 しかし、自分を変えることには限界があります。そして、限界までのラインは人によって異なります。また、その限界によって克服できない能力の不足が「障がい」となるかどうかは、社会のデザインによって決まるというのは、前回の記事で紹介した通りです。前回の記事になぞらえて言えば、望む結果を得るために取り得る手段のうち、自分を変える方針を「個人モデル」、他者や環境を変える方針を「社会モデル」に当てはめることができるでしょう。繰り返しになりますが、多くの人は望む結果を得るためにまず自分を変えるというアプローチを試みます。それは、自分を変える方が他者や環境を変えるより容易だからです(ここで言う「容易」「簡単」というのは、単に「努力の総量が少なくてすむ」という意味ではありません。意識によるコントロールが可能で、努力と成果が結びつきやすいという意味合いの方が大きくなります)。そして、その考え方が障がい者支援にも応用され、まずは障がいを持つ人が可能な限り自力で適応できるように努力し、足りない分を社会的に支援するという「個人モデル」が障がい者支援の主流として活用されてきたのだと考えられます。

 しかし、これでは障がいを持つ人は、限界ギリギリまで努力して初めて支援を受けられるという状況におかれることになります。そのような状況をなんとかするため、障がいを持つ人は他者や環境に働きかけ、自分ではなく周囲を変化させる必要に迫られてきました。そして障がい者は、障がい者運動によって支援制度を作ったり、また直接介助に関わる人との対話によってより良い介助・被介助の関係を築いたりと、あらゆる規模で実現してきましたし、現在でも様々な試行錯誤が繰り返されています。

 さて、話をライフリンクの調査結果に戻しましょう。なぜ若年者は社会に不満を感じながらも、問題が生じた際にはその原因を自分の中に探ろうとするのでしょうか。それは、自己啓発のところで述べた「他者や環境を変えるより、自分を変える方が簡だ」という考えが根底にあることが関係していると考えられます。つまり、「困難が生じた際に自分の中に原因を探る」というのは、「社会にはたくさん問題があるけれど、その状況を変えることなんて自分だけではとてもできそうにないから」という隠れた枕詞が伴った回答であると解釈できるのです。今回の調査が就活生を対象としたものであることも、こうした傾向を顕著にした要素だと考えられます。就活生の立場からしたら、就活の慣行に疑問や不満を感じることがあっても、優先するべきことはまず就職先を確保することであり、就活のあり方を変えるために何か就活生の立場からできることはないかと考える余裕を持つことは難しいでしょう。

 社会保障などの社会的支援を利用する人に対して「甘え」であると非難の声を向ける風潮が現在の日本社会を覆っています。これは、個人モデルを根底に持ち、自助努力に最も重要性があるとの考え方がこの社会に生きる多くの人の支持を得ていることによるのでしょう。しかし、個々人の能力を伸ばす工夫については様々な場面がなされ、もはや飽和状態とも言えるような印象ですが、それぞれの能力を最大限に引き出すことによって社会全体の生産性を高めようという方向性の議論は十分に深められているとは言えません。それは、自助努力による成果は、行動と成果の因果関係が見えやすく、また短期で成果が表れることもあるのに対し、環境の変化による成果は、自助努力によるものと比べて因果関係が見えにくく、得られる成果も長期的なものが多いことによるのだと思われます。そういった要因もあって、環境を個人に柔軟に対応させるための工夫を怠ってきてしまいました。私たちが個人に対し「甘えだ」という非難の声を向けることは、社会の変化を促す機会を逃し、社会を甘やかしてしまうことになるのです

 これまで、私たちは「自分を変える」という安易な手段に依存し、社会を変えるという方向の大切な努力を怠ってきました。2011年にリリースされたLady Gagaのアルバム「Born This Way」は全世界で200万枚の売り上げを記録する大ヒットとなりました。もちろん楽曲としての素晴らしさによる評価もあるでしょうが、この曲に込められた「ありのままの自分を生きることは素晴らしい」というメッセージに多くの人が共感したことが、この大ヒットの要因となったのだと考えられます。また、その背景として、多くの人が個人の変化と成長に依存する社会のあり方に疲弊していると考えることもできます。障がい者やセクシャルマイノリティへの応援メッセージを込めた曲ではありますが、そのメッセージに励まされた人はその枠を大きく超え、多くの人に愛される曲となりました。また、この曲のヒットは、それまでの自助努力による個人の成長によって成り立つ社会のあり方と個人の生き方を見直すきっかけを多くの人に与えたことでしょう。

 では、「社会を変える」「環境を変える」といったことを実現するにはどうすればいいのでしょうか。それを考えるには、まず「社会とは何であるか」を定義しなければなりません。漠然と社会と言うと、非常に大きなものを想定しているように思えてしまいますが、そのじつ社会とは、私たち一人一人のありとあらゆる営みの集積でしかありません。結局のところ社会を変えることは個人を変えることなしには実現しないのですが、その努力の方向性を変えようという話なのです。個人を変える努力はその当人だけに影響を及ぼす「閉じた努力」です。それに対し、社会を変える努力は他者との関係性に作用する「開いた努力」です。具体的には、例えば職場を想定すれば、社員がもたらす利益を上げるために企業の上層部がとり得る手段は、研修等により社員一人一人の能力の向上を図る方向性のものもあれば、社員一人一人の勤務内容や勤務時間などの環境的な要因を変えることによって生産性を向上させるものもあります。「やむなしブラック企業を救え!」って具体的にどうするの?という記事では、多元的人事管理の重要性を紹介しましたが、まさに環境的な要因の改善によって生産性を高めようという方向性の努力の大切さがその根底にあるのです。

 また、個人を変える努力と環境を変える努力は対立的なものではなく、むしろ相互作用によって大きく成果を生み出すものであります。おかれている環境が変われば、そこでの能力の発揮の仕方も変わり、その変化がまたその個人にとって最適な環境のあり方を変化させ、有機的に環境と個人の相互作用が起こります。例えば、前回の記事でも紹介した熊谷晋一郎の著書『リハビリの夜』では、彼が一人暮らしを始めたことから、1人で用を足せるようにトイレを改築していく過程が描かれています。それは同時に彼とトイレとの関係性の変化の過程でもあり、何とも不思議なワクワク感というか、読んでいて冒険心を刺激されるような奇妙な感覚を得ることができます。また、介助の場面における介助者への関わり方によって介助の質を変えていく過程は、まさに介助を受ける側の主体的な呼びかけが持つ役割の大きさを示しています。このように、他者や環境に働きかけ、変化を呼び起こす作法については、障がいを持つ人こそ長けている分野だと言えます。そのスキルをあらゆる場面に応用することにより、私たちはもっと質の高い生を享受することができるようになるでしょう。

 今回の記事では、「他者や環境を変えるより自分を変える方が容易であるため、現在の日本社会ではそういう方向性の努力に重きを置き過ぎている」「とは言え、他者や環境に働きかける方向性の努力は得られる成果が大きいだけでなく、またその過程も楽しく豊かなものにできる可能性を含んでいる」という2点を強調しました。これまで私が、べてるの家に見学に行ったりセクシャルマイノリティのイベントに参加したりしてきたのは、彼らが環境に働きかける方向での努力においては先輩であり、彼らの築いてきたスキルから学ぶことが非常に有用なものであるという確信があるからです。そういうスキルの普及に私自身も何か貢献できればと考えています。

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