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2014年7月13日 (日)

映画評「プリンセスと魔法のキス」 ディズニーが描く「夢」の変遷

 多くのファン同様「アナと雪の女王」に強烈に感染した私は、最近のプリンセス・ストーリーも観てみることにしました。今回の記事では2009年公開の「プリンセスと魔法のキス」を中心に、最近のプリンセス・ストーリーがディズニー作品のメインテーマでもある「夢」をどのように描いてきたのかを考えていきたいと思います。
 作品を観ての率直な感想としては、メッセージ性がとても深く、考えさせられる作品だといったところです。そのメッセージは本当に素晴らしく、私の目には非常に魅力的な作品として映ったのですが、これは本当に子供向けのエンタメ作品か!?本当にディズニー映画か!?とも正直思いました。監督に「リトル・マーメイド」「アラジン」でも監督を務めたジョン・マスカーとロン・クレメンツを起用していることでも話題になりましたが、本作はそれらの作品とはテイストが大きく異なります。それは時代ごとにどのようなストーリーが広く受け入れられるのかということを熟考しているディズニーならではの変化なのだと思います。では、どのように異なるのかをじっくり考えてみましょう。あらすじの部分に色をつけました。長くなってしまったので、本作を見たことのある人や、解説の部分だけを読みたい人は、色つきの部分は読み飛ばしてください。

※【ネタバレ注意】この先、「プリンセスと魔法のキス」だけでなく「アナと雪の女王」「塔の上のラプンツェル」の内容にも少し触れます。内容を知りたくない方はご注意を。
願うだけでは夢は叶わない

 作品の舞台は1900年代初頭のニューオーリンズで、主人公のティアナはアフリカ系アメリカ人の女の子です。ディズニー作品のプリンセスには、王様の娘であるパターンと王子様と結婚してプリンセスになるパターンがありますが、本作の主人公は後者です。レストランを開く夢を持つ父親に育てられ、美味しい料理を分かち合う喜びを幼い頃から知っていたティアナは、父親とともにレストランを開く夢を持ちます。父親は戦争にとられ、夢を叶えることなく亡くなってしまいますが、ティアナは幼い頃の夢を持ち続け、開店資金を貯めるためにウェイトレスの仕事を掛け持ちしています。ティアナが仕事に出かけるところでタイトルが表示され、本編が始まります。
 印象的だったのはプロローグでのティアナが幼かった頃の父親とのやり取りです。レストランを開く夢を持つティアナは、夜空の星に願いをかければ夢が叶うという童話を思い出し、両親の前で願い事をします。それを見た父親はティアナに「願い事は夢を叶える手伝いはするけれど、自分で一生懸命努力しなければ夢は叶わない。一番大切なことが何かってことを忘れてはいけないよ」と語りかけます。成長したティアナはこの言葉を胸に、一生懸命に働くのですが、この作品は序盤から泣かせにきますね。父親が登場する時間は短いのですが、そのなかで家族への愛に溢れた人物であることを明確に表現できるのは驚きです。かつて「ピノキオ」の挿入歌「星に願いを」が「映画史における偉大な歌100選」の第7位に入るといった功績を残すディズニーが、このようなメッセージを発することもまたすごい。そもそも、木の人形が人間になることを夢見たり、人魚姫が人間の王子との結婚を夢見たりすることに比べ、本作の「レストランを開く」という夢のなんと現実的なことでしょう。これは本当にディズニー映画か!?かつてのディズニー作品では夢や主人公そのものがファンタジックであり、ファンタジー性がストーリーのど真ん中に位置していましたが、最近の作品では主人公の成長などの人間ドラマに味付けを加える程度の役割になっているようです(本作ではヒロインと王子様がヴードゥーの呪いでカエルの姿に変えられ、動物たちと言葉を交わせるようになります)。そのあたりからも、多くの人に受け入れられるストーリーの質の変化がうかがえますね。
夢まであとすこし (プリンセスと魔法のキス) (YouTube 日本語版)
[MOV] Princess and the Frog - "Almost There" - Full Video (YouTube 英語版)
Almost There Lyrics — Anika Noni Rose (as Tiana) (英語版 歌詞)
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努力だけでもダメ?
 本作の王子様ナヴィーンは、マルドニアという架空の国からやってきます。表向きは立派な王子なので、ニューオーリンズの人たちにも歓迎されるのですが、実態は金遣いが荒くだらしない女ったらしで、親からは勘当されています。金持ちの家の娘との結婚を目論んでいますが、結婚すれば遊び歩く自由がなくなるという葛藤を抱えているかなりしょーもない男です。自由に生きるために必要な金が欲しいという欲につけこまれ、ヴードゥーの術師(ドクター・ファシリエ)に呪いをかけられ、カエルにされてしまします。そして、仮装パーティーの会場で出会ったティアナをプリンセスと勘違いし、呪いを解くためにキスをするように頼みます。ためらうティアナに、自分は王家の裕福な人間で、キスをしてくれたらレストランの開業資金を援助すると言って取引を持ちかけます。ティアナは夢のために仕方なくキスをします。これは本当にディズニー映画か!?実際にはプリンセスではないティアナがキスをしても呪いは解けず、それどころかティアナまでカエルの姿に変わってしまいます。沼地に迷い込んだ2人はワニに食べられそうになるのですが、いち早く切り株の穴に逃げ込んだティアナはレストランを開くための資金を援助することを約束させ、ナヴィーンを助けます。ナヴィーンはシャーロット(ティアナの親友の大富豪の娘。王子様と結婚しプリンセスになることを夢見ている)と結婚し、開店資金を出させると約束します。その後2人は呪いを解くために、道中出会ったワニのルイスとホタルのレイとともに、沼地の奥に住むヴードゥーの術師ママ・オーディを訪ねます。ママ・オーディは人間に戻りたいという2人の願いを見抜き、「望むものはわかったが、本当に必要なものはなにか」と問いかけます。ナヴィーンは「望むものも必要なものも同じじゃないか」と訝しりますが、ママ・オーディははっきり違うと言います。ここでそのシーンで流れる挿入歌「もう一度考えて(原題:Dig a Little Deeper)」を聴いてみてください。
もう一度考えて (プリンセスと魔法のキス)
Dig a Little Deeper - Princess and the Frog
Dig A Little Deeper Jenifer Lewis (Mama Odie) Lyrics
「望むもの(what you want)」と「必要なもの(what you need)」とどう違うのか、様々な解釈が可能でしょう。ここでは、「自分の実現したいこととして意識的に理解しているもの」と「無意識のレベルにあり言語化できないもの」といったところでしょうか。もしくは「表面的な欲望」と「幸せに生きるために本質的に必要なもの」かもしれません。ナヴィーンの場合は非常にわかりやすいものです。「お金では幸せは買えない」というメッセージはいたるところで耳にしたことがあるでしょう。ティアナの夢についてはどうでしょうか。ママ・オーディも「あんたの方がやっかいだね」と言っていますが、確かに「表面的な欲望」と呼ぶには彼女の夢は立派すぎるように思います。ママ・オーディの歌を聴いたティアナは「必要なものがわかりました。夢を実現するためにもっと努力します」と言いますが、それを聞いたママ・オーディは肩を落とします。ティアナに必要なものは「努力」ではないようです。ディズニー映画で「努力をしなければ夢は叶わない」というメッセージを発しただけでも驚くべきことなのに、さらに一歩進んで「努力一辺倒の人生もダメ」とまで言ってしまうのですから、時代の変化を感じずにはいられません。
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あんたが誰だって関係ないんだよ
 ママ・オーディは、人間に戻るためにはナヴィーン王子がプリンセスとキスしなければならないと言います。そしてそのプリンセスとは、ティアナの幼い頃からの親友のシャーロットでした。シャーロットは王家の生まれではないのですが、街一番の大富豪の父親がマルディグラ(ニューオーリンズで行われる世界的に有名なカーニバル)のキングに選ばれたため、カーニバルの期間中は娘のシャーロットはプリンセスということのようです。方法がわかった一行はニューオーリンズを目指します。ティアナに惹かれていることに気づいたナヴィーンは、シャーロットと結婚するのをやめ、自分で働いてティアナの夢を叶えようと決意しますが、その気持ちを伝えることができませんでした。ニューオーリンズでは、ナヴィーンに化けさせた召使いとシャーロットを結婚させて大富豪の家に取り入り、シャーロットの父親を呪い殺し街を支配しようとするファシリエの計画も進行していました。ナヴィーンも捉えられてしまいます。このままでは2人が人間に戻れなくなってしまうため、ホタルのレイはナヴィーンを助け出し、呪術の道具を奪って逃げるのですが、ファシリエに捕まり踏み潰されてしまいます。レイから呪術の道具を受け取ったティアナも、ファシリエの呪術によってレストランを開く夢が叶った幻影を見せられます。道具と引き換えに夢を叶えてやると取引を持ちかけたのです。ファシリエは「今までの苦労を思い出せ。お前の夢を笑ったやつを見返してやれ」とティアナを誘惑します。そして「かわいそうな父親を思い出せ。お前が彼の夢を叶えてやれるんだ」と父親の幻影をティアナに見せます。そこでティアナは気づくのでした。「父さんの夢は叶わなかったけれど、父さんには愛があった。父さんは大切なものがわかっていた」。ティアナはファシリエの誘惑を振り切り、呪術の道具を叩きつけて壊します。ファシリエは呪術に飲み込まれ消えてしまいました。
 助け出されたナヴィーンはことの顛末をシャーロットに話しました。ナヴィーンは人間に戻ったらシャーロットと結婚することを約束し、ティアナに開業資金を出してあげるように頼みました。それを見たティアナは自分のために望まない結婚をしてほしくないと、ナヴィーンを止めます。2人の間に本当の愛があることに気づき、心を打たれたシャーロットはキスで呪いを解いてもナヴィーンとは結婚しないと言います。しかし、日付が変わりカーニバルが終わってしまったため、いくらキスをしても2人は人間に戻りませんでした。そして、2人はカエルの姿のまま一緒に生きていくことを決意します。
 瀕死の怪我を負ったレイは、そんな2人の姿を見届けて息を引き取ります。沼地でレイの葬儀を行う彼らは、夜空に輝く大きな星の隣に、新たな星が輝いていることに気がつきます。その星は、レイが世界で一番美しいホタルだと勘違いし、エヴァンジェリーンと呼び恋焦がれていた星でした。レイはついに最愛の相手と一緒になったのです。

 終盤でも泣かせに来るのですが、みなさんはこの展開をどう思いますか?ティアナとナヴィーンはカエルの姿で生きることを決意し、レイは星になって願いを叶えました。ここでママ・オーディの歌を思い出してみましょう。

見かけなんかは気にしちゃいけない 指輪いくつしてようと、どうでもいいさ!!
(Don't matter what you look like Don't matter what you wear
How many rings you got on your finger We don't care)

ここまではよくわかります。表面的なことにとらわれてはいけないというメッセージはよく耳にするものです。問題はこの次です。

あんたが誰だって関係ないんだよ
(Don't matter where you come from Don't even matter what you are)

これには驚きです。外見などの表面的な要素と対比され、これこそが大事だとされてきた”what you are”(あなた自身、ありのままのあなた)でさえ問題ではないと言うのです。これまで個性だとか、自分らしさだとか、アイデンティティだとか、自分が自分として生きることが大切だとされてきた時代に、このメッセージは驚きです
 では、大事なものとはいったいなんなのでしょう。それは、ママ・オーディの言う「必要なもの」、つまり「自分をよく見つめなければ見えてこない本質的な幸せ」ということでしょう。レイにとっては、エヴァンジェリーンと一緒になれたことが重要なのであって、彼らがホタルだとか星だとかは些細な問題なのです!ティアナの父親は働き詰めで、夢も叶えられませんでしたが、彼には愛する家族がいました。彼にとってはそれが幸せでした。ナヴィーンとカエルとして生きていくことを決意したティアナは、事実上人間としてレストランを開く夢を諦めました。ティアナはそれが自分にとって必要な選択だと気づき、自分の進む道を決めました。
 これまで私たちは、理性や意志によって困難を克服し、自分の望む生き方を実現することをよしとし、そういった自律的な生き方に価値をおいてきました。しかし、そのように意識的に自分の生き方をコントロールすることが、必ずしも幸福を約束しないという事実にも目を向けるようになってきたのでしょう。その背景には、リーマン・ショックなどの経済的な混乱や、安定的な経済成長が永続的なものではないという認識の広がりなどがあるのかもしれません。そういった困難を経験し、人が生きていくことの機微や複雑さに腰を据えて向き合おうという姿勢の必要性を、多くの人が徐々に感じるようになってきたのでしょう。そして、その傾向は”Let it go”(ほうっておこう)という精神を象徴する「アナと雪の女王」の大ヒットという形でも顕在化したのです。
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 その後、ティアナとナヴィーンはママ・オーディのもとで結婚式を挙げます。2人がキスをすると呪いは解け、人間の姿に戻ります。王子と結婚したティアナはプリンセスとなり、プリンセスとナヴィーンがキスをしたことで呪いが解けたというわけです。なんとも一休さんみたいなトリッキーなオチですね。人間に戻った2人は目をつけていた物件を買い上げ、レストランを開きます。ティアナは夢を叶え、そして愛する人との幸せな生活も手に入れ、ハッピーエンドとなります。
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ディズニーが描く「夢」の変遷とその背景
 さて、ここで改めてこの作品で描かれている「夢」が、これ以前のプリンセス・ストーリーのそれと異なった要因を考えてみたいと思います。本作の特徴は夢や主人公の存在にファンタジー性がないということですが、では夢にファンタジー性があった作品が公開された時代の状況はどのようなものだったのでしょう。1950年代には、「シンデレラ」(1950)、「不思議の国のアリス」(1951)、「ピーターパン」(1953)、「眠れる森の美女」(1959)と、ファンタジー性の豊かな作品が公開されました。経済史的には、この年代のアメリカは「20世紀でアメリカ経済が最も輝いた50年代」と呼ばれる均衡ある経済発展を遂げました。日本では2005年公開の「ALWAYS 三丁目の夕日」という映画が、昭和33年(1958年)当時の日本社会の様子を忠実に表現したことで話題になりました。あの映画で描かれていたように、日毎に豊かになり、便利なものが手軽に手に入るようになっていった時代に、それらの映画は公開されました。アメリカン・ドリームという言葉に象徴される上昇志向や右肩上がりの成長に多くの人が期待を寄せていた時代です。その頃には、さらに豊かな未来の像を思い描くことができ、スケールの大きな夢を多くの人が抱くことができたのでしょう。そのような人たちの心に、50年代の夢にあふれるディズニー作品はマッチしたのです。
 では、本作が公開された2009年はどのような年だったのでしょう。まだ記憶に新しい方も多くいると思いますが、2008年には世界的金融危機のきっかけとなったリーマン・ショックが起こりました。その影響もあってか、2009年のアメリカのGDPは名目、実質ともにマイナス成長となっています(参照:アメリカのGDPの推移)。また、先ほどのアメリカン・ドリームに関しても2008年にアメリカの研究機関と英国BBCが行った調査では、アメリカ人の54%はアメリカン・ドリームは手に入らないと考えているという結果が出ました(参照:「アメリカ人が抱く夢と現実」)。つまり、それまでの成長物語を心から信じられるような状況ではなくなり、絵空事のような「夢」に共感する人は少なくなったのでしょう。だからこそ、本作の描く「夢」はディズニー作品にしては極めて現実的であり、慎ましいものとなりました。といっても、本作の結末で頭金を用意するので精一杯だった主人公がレストランの経営を軌道に乗せている様子を「映画だからね」と冷ややかに見ていた人もいるかもしれません。2010年以降のアメリカは緩やかな経済成長を再び始めるのですが、経済格差の拡大により、成長による豊かさを実感できる人は少ない状況が続いています。

夢が叶ったあとは
 そのような状況は、翌年公開の「塔の上のラプンツェル」の「夢が叶ったあとはどうすればいいの?」という問いにつながります。これまでの記事で指摘したように、豊かさを実感できないことの原因が需要の枯渇にあるとしたらどうでしょう。需要の枯渇には、経済成長の停滞と労働の負荷の上昇という負の側面と、便利なものの普及という正の側面があります。現代の私たちは、50年代の人たちが夢みたような便利な生活を享受しているのです。私たちが生きているのは、まさに夢が叶ったあとの世界です。それはさぞ幸せな世界だろうと思いきや、実感としては「確かに豊かで便利になったと思うけど、幸せかどうかと聞かれると…」といったところではないでしょうか。上記のような問いかけは、豊かだけれどどこか空疎な時代を生きる私たちの心情を鋭く表していると言えるでしょう。作中では上記のような主人公の問いかけに対し、王子様ポジションのキャラクターは「また新しい夢を見つければいい」と答えます。う~ん、わかるような…わからないような…新しい夢って具体的にどんなものでしょうね。そのヒントになるのがこの歌です。
誰にでも夢はある(塔の上のラプンツェル)
[HD]Tangled - I've Got A Dream
I've Got a Dream Brad Garrett, Jeffrey Tambor, Mandy Moore Lyrics
ピアニストやインテリアデザイナーなど、いかにも夢らしい夢も登場するのですが、お菓子作りや編み物やコレクションって、それは趣味と呼ぶべきものではないでしょうか。いえいえ、そんな大層なものじゃなくても、本人が夢と思うならそれも立派な夢です。こんな時代に夢中になれる趣味を存分に楽しんで生きることだって、夢のようなことじゃありませんか。だってアメリカン・ドリームのような大きな夢にはとても手が届きそうにありませんし…。「塔の上のラプンツェル」では、主人公の夢も「空を飛ぶ光を直接見たい」という非常に個人的なものでした。この作品からは、他人に誇れるようなものでなくても、あなた自身が満足する生き方ができればそれでいいというメッセージを感じ取ることができました。もちろんその背景には、レストランを開くという現実的な夢でさえ実現するのは困難なものであるというシビアな現実を多くの人が認識しているという状況があるのです。
 また、この映画のエンディングテーマ”Something That I Want”の歌詞”I want something that I want”って、まさにかのキャッチコピー「ほしいものが、ほしいわ」なんですよね。生まれた頃から便利なものに囲まれて生きてきた私たちにとって、何が欲しいのか自分でも明確にはわからない、それでも心のそこから手に入れたいと思うものや夢中になれるものを見つけたいという感覚は、多くの人に共通するものなのかもしれません。
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アナ雪=蟹工船?
それでは、今年公開され大ヒットを記録した「アナと雪の女王」はどうだったのでしょう。この作品は「夢」については一切触れていません。叶うとか叶わないとかのレベルではなく、言及さえしません。魔法が制御できなくなるという問題が生じ、それを解決してスタート地点に戻る物語です。マイナスをゼロに戻すだけであって、プラスの要素はほとんどありません。姉妹の絆は強まったかもしれませんが、アナとエルサは元々仲のいい姉妹でした。アナとクリストフはくっついたじゃないかと思う人もいるかもしれませんが、あの2人の関係が永続的なものであることを示す描写はありませんでした(参照:ポストモダンな『アナと雪の女王』の「その後」を予想してみた。)。そんな作品がなぜこれだけのヒットを記録したのでしょうか。それは「アナ雪」が、夢を追いかける余裕などなく、日々生じる問題をなんとか乗り越え、時には諦め、受け入れながら必死に生きる現代の私たちの姿を描き出した作品だからです。もしかすると、「アナ雪」の大ヒットは2008年の「蟹工船ブーム」と方向性を同じくするものなのかもしれません。
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 さて、それでは50年代以降のディズニーの長編作品のメッセージ(?)を再度確認してみましょう。
50年代の作品「王子様の舞踏会だ~!誕生日じゃない日だ~!ネバーランドだ~!ヒャッハー!」
プリンセスと魔法のキス「願うだけでは夢は叶わないよ。努力が必要。でも夢が叶ったからといって幸せになれるとは限らないし、叶わなくても幸せになれるかもしれないよ。夢は幸せの1つの形でしかないんだ」
塔の上のラプンツェル「夢が叶ったあとはどうすればいいの?」「新しい夢を見つければいいんだよ」「例えばどんな?」「編み物とか、お菓子作りとか、そういうのだって立派な夢だよ。外食せずに家で鍋をつついて、100円レンタルのDVDを見て、ユニクロを着ていれば、十分に生きて行けるし、幸せでしょう?
アナと雪の女王「もうほっとこう」

いかがでしたでしょうか。眠れる森の美女に関する知識がないのがバレてしまいましたね。このように見ると、いかにも現代の社会には夢も希望もないような印象を抱いてしまいますが、必ずしもそれは事実ではありません。国の経済的な発展という大きなストーリーや、結婚という外部から与えられた枠組みが、個人の幸せを必ずしも保証するものではないという事実が明らかになり、一人一人が自身の生き方や人生の意味について腰を据えて考える必要性と向き合わなければならない時代を迎えたのです。その作業は、自分の中にしか存在しない答えを深く掘り下げるという、非常に面倒で先が見えず、また様々な欠点もあるありのままの自分と向き合わなければならないストレスフルなものです。しかし、そのプロセスを経ずに、本当に自分の満足のいく生き方を実現するのは不可能なことです。いうなれば、50年代の「成長の時代」は、経済的な豊かさによって、その面倒なプロセスを経なくても生きていけた時代だったのです。それが現代では、そのプロセスを経なければ生きていけない時代になったと言えるでしょう。それはもちろんピンチであり、同時に多くの人が自身の生き方や社会との関わり方について深く考え、一人一人が小さな行動に移し、結果として大きな社会変革を生み出す可能性を持つチャンスでもあります。今は世の中がそんな本当の豊かさに向かうきっかけが醸成されている「産みの苦しみ」の時期なのかもしれません。形式的な夢や希望、上昇志向にごまかされない自分にとっての本当の豊かさや幸せとは何なのか、それを実現するために社会とどのように関わっていけばいいのか、よく考えていきたいものです。

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コメント

I appreciate, cause I found just what I was looking for. You have ended my 4 day long hunt! God Bless you man. Have a great day. Bye gbbgfecbfeek

ディズニー好きな先輩らしいですね!smile

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